パティスリー・リュンヌ 〈WN〉

ディンブラ。 ページ2

目の前に並ぶキラキラの八朔のタルトとディンブラで満たされたティーカップ。

「お話は食べてからの方がいいですか。」

『はい！』

食べることに集中させてくれるあたり、この男は意外と悪い人じゃないのかもしれない。

たっぷり時間をかけて食べて、一番好きなアールグレイのアイスティーをお代わりする。日当たりのいいこの席は春先ならぽかぽかと暖かい。

「ひとつお伺いしてもいいですか？」

『はい。』

自己紹介の前に聞くことなんてあるのか？

「何故、ディンブラを選んだんですか？」

この男、私が選んだ茶葉を聞いていたのか。

『八朔は柑橘なので、同じ柑橘であるベルガモットの香りのアールグレイを選びたくなりますが、私は果物にブレンドティーを合わせると口の中が騒がしくて得意じゃありません。シンプルな茶葉から選ぶなら、アッサム。その中でも八朔と爽やかな渋みが同じディンブラを選びました。』

ちょっと話しすぎたか。

「なるほど。」

『あの、自己紹介していただいてもいいですか？』

「あ、失礼。チョン・ウォヌと申します。職業はシステムエンジニア。製菓学校を卒業しています。」

製菓学校卒のシステムエンジニア……？

「実家が洋菓子店で、幼い頃から店の手伝いをしていました。製菓学校を卒業してからは平日は会社で土日は実家の店で働いています。」

すごい…

「差し支えなければ、お名前と職業をお伺いしても？」

『ユン・Aです。職業は洋菓子店の販売員。ただのチェーン店のアルバイトです。』

「紅茶の知識はどちらで？」

『元々ケーキが大好きで、今はもう飲めますが昔は珈琲がダメだったので、紅茶の世界に嵌まり込んでしまいました。』

頷きながらメモを取るチョンさん。

『あの、それで、さっき言ってた一緒に働くって言うのは？』

「近々、独立して店を構えることにしたんです。そこで一緒に働いてくれる人を探しています。」

それで、私に？

「小さい店だから何人も店員はいらない。でも、イートインもしたいし、ケーキに想いがある人がいいと思って、我儘だなと自分でも思いながら探してたら、ここでいつも真剣にケーキと紅茶を選んでいるユンさんがいたんです。」

……この辺ではここが一番紅茶の種類が多い店だから。

「これは運命だと思います。ぜひ一緒に働いてほしい。」

私を見る真っ直ぐな目に嘘や下心は1ミリも感じられなかった。

『あ、あのチョンさんのケーキを食べてみてから決めてもいいですか？』

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