吸血姫は桜の木の下に舞う 第三幕

第94話「優しい甘さに包まれて」 ページ10

意外と泣き虫だった蓮華が泣き止んだタイミングで、敦はふと口を開いた。



「そういえば蓮華ちゃん。血…足りてる？」

「………は？」

「いや，あの…実は与謝野先生に頼まれてて………
何時もより顔色が悪かったから，貧血なら飲ませてやれって」



流石探偵社の専属医，と云った所か。
与謝野には自分の体調面で、良く医務室でお世話になっていた。
何となく後ろめたいような気持ちになり，視線を落とす。



「あー………実は，結構しんどい」

「そっか。やっぱり，異能を使ったから？」

「剣にすると血を沢山持ってかれるからなぁ。
あと，心の問題っていうのもある」



基本一度血を吸えば暫くは持つのだが，何らかのイレギュラーがあると突発的に吸血衝動が起こりやすくなる。
それを緩和するのが，“チョコレート”という抑制剤だ。
血が足りなくなると，体調面でも精神面でも弱くなってしまう。



「………少しだけ，貰えますか？」

「うん，どうぞ！」



敦は少し緊張した様子で腕を広げた。
何だか罪悪感を感じるが，今は純粋に甘えさせて貰おう。



「………失礼します」

「………うッ」



蓮華は何時もより慎重に牙を立てた。
痛みを堪える声が聞こえたので，背中を優しく叩いてやる。



『優しい血………気取った甘さもない，安心する味』



彼は今までと違う味がした。
安心するような，母親に抱かれる赤子のような、そんな安心感のある，優しい甘さ。



「………敦，もっと力を抜いて下さい」

「そ，そんな事云われても………」

「大丈夫。優しくしますから………」



彼の荒い吐息が聞こえる。
耳元で囁けば声が掠れ，優しく触れれば肩をビクッと震わせる。
先程は真っ直ぐ此方を見て自分を励ましてくれたのに，矢張り初心な所は変わらないらしい。
そして牙を抜き、傷口を舐める。



「ふぇッ！？何で舐めるの！？」

「止血するからですよ。血塗れのまま出歩く心算ですか」



傷口が塞がったのを確認すると，蓮華は敦から離れた。



「………ごめんなさいね，痛かったでしょう」

「ううん，ちょっと吃驚しただけだよ！」



顔を真っ赤にして首を振る敦。
正直結構ビクビクしていたが，おそらく心配をかけまいとしているのだろう。
彼なりの不器用な気遣いに蓮華は嬉しそうに微笑んだ。



＊＊＊



「………何あの何処ぞのラブコメ的状況」

「太宰、目が死ンでるよ」

『………入り辛い』



探偵社の先輩(太宰、与謝野、国木田)達に見られていた。

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