吸血姫は桜の木の下に舞う 第三幕

第116話「汚濁」 ページ33

中也は迷いのない表情でラヴクラフトの前まで歩いていく。
『汚濁』は彼等の最終手段。彼の異能の真の姿。



『でももし，中也さんが死んでしまったら……』



そんな考えが浮かんだ時，頭に何かを乗せられた。
顔を上げると中也が優しく笑いながら頭を撫でていた。



「……辛気臭ェ顔してんじゃねぇよ」

「別にそんな……」

「手前は何も心配する事ねぇ…俺を信じて待っててくれ」

「………死んだら，許さへんよ」

「任せとけ」



光が照らすような眩しい笑顔を残して，今度こそ中也は踵を返した。
ラヴクラフトの前に立つとゆっくり息を吸って云った。



「汝，陰鬱なる汚濁の許容よ」



手袋を外した彼の手が赤黒く染まる。
巨大な力の気配が大地を震わせている。



「更めてわれを目覚ますことなかれ」



その瞬間，彼が立つ地面に亀裂が入った。
割れた地面の破片が浮いて，彼の身体に赤黒く模様が浮かぶ。



「凄い………」

「吸血鬼の君でもそう思うかい」

「ええ……今の彼には，人知を超えた何かを感じます」



物凄い速さで怪物を捉え，重力子弾を操る中也に蓮華は感嘆の声を上げた。
その絶対的な力と抗う事の出来ない存在感は，まるで自分と同じ“人外”，又はそれ以上だ。



「拙いな。中也の躰が保たない」



今の中也は理性を失い死ぬまで暴れ続けている。
しかし敵も再生を繰り返している。
太宰の言葉にスタインベックは余裕そうに云った。



「生憎だね。ああなったラヴクラフトを外部から破壊する手段なんて存在しない」

「“外部から”？つまり内部からの攻撃は効くわけだ」



太宰はニヤリと笑ってスイッチを押した。
そして夜空に浮かんだ中也が巨大な重力子弾を放つ。



「やっちまえ，中也」



その瞬間，森に轟音が響いた。
重力子弾は辺りを破壊して，全てを呑み込んでいく。
爆発の煙が晴れるとそこに怪物の姿は無く，抉られた地面があった。



『…あれは，ほんまに人間が為せる技なん…？』



蓮華はその光景に目が離せなかった。
理性を失い，本能のまま暴れるその姿は恐怖を通り越して美しいと思えてしまう。



「ハハハ……ッ」



未だに彼は破壊行動を続けている。
歪な笑みを浮かべて暴走する彼の腕を誰かが掴んだ。



「敵は消滅した。もう休め中也」



“汚濁”は太宰の異能により無効化された。

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