吸血姫は桜の木の下に舞う

第35話「吸血鬼の初仕事」 ページ37

探偵社の応接室にて。
谷崎を始めとした社員一同の向かいに座るのは、金髪に黒スーツが似合う綺麗な女性だった。
彼女は今回の依頼人である。



「えーと調査のご依頼だとか」

「美しい………」



突然太宰が依頼人の女性の手を取った。



「睡蓮の花のごとき果敢なく、そして可憐なお嬢さんだ」

「へっ！？」

「どうか私と心中していただけないだろ＿＿＿」


スパァァンッ



凄まじい音を立てて国木田が太宰の頭を引っ叩く。
その様子に依頼人の女性は混乱を隠せなかった様だが無理もない。



「あ、済みません。忘れて下さい」



依頼人の女性に謝罪すると、彼は太宰を引き摺って別の部屋に入って行った。



「………阿保やろ彼の人」



蓮華は汚物を見るような表情で呟いた。
依頼人の女性は戸惑いながらも依頼の確認に入った。



「依頼と云うのはですね。
我が社のビルヂングの裏手に、最近善からぬ輩が屯している様なんです」

『敦，この人普通に話し始めましたよ』

『慣れてるのかな…』

「善からぬ輩ッでいうと？」

「分かりません。ですが襤褸をまとって日陰を歩き、聞き慣れない異国語を話す物もいるとか」

「そいつは密輸業者だろう」



そう云ったのは太宰の締め上げを終えた国木田だった。
この世界では軍警ががいくら取り締まっても船蟲のように湧いてくるらしい。



「無法の輩だという証拠さえあれば軍警に掛け合えます。ですから」

「現場を張って証拠を掴めか………」



国木田はちらりと此方を見た。



「小僧、娘、お前等が行け」

「へッ！？」

「私もですか？」

「ただ見張るだけだ。
それに密輸業者は無法者だが大抵は逃げ足だけが取り柄の無害な連中。初仕事には丁度良い」

「でっでも」

「爆弾騒ぎよりかマシか………？」



今回は初仕事という事で谷崎兄妹も一緒に行ってくれるらしい。
だが敦は緊張で準備でさえもカチコチに固まっていた。



「敦，これ忘れてますよ」

「あ，ありがとう蓮華ちゃん」

「初仕事、頑張りましょうね」

「う、うん！」



会話で気が紛れたのか、敦は少し緊張が解けたようだ。
それに蓮華は安堵の溜息を吐いていると、国木田が思い出したように二人を呼んだ。



「不安かつ不幸なお前等の人生に些かの同情が無いでもない。
故にこの街で生き残るコツを一つだけ教えてやる」



彼は手帳からある写真を取り出した。



「…こいつには遭うな。遭ったら逃げろ」



そこには闇の権化ような男が写っていた。

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