忘却狙撃手 (ページ3)

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No.3 ページ3

マスターが店の奥に消えてから五分ほどの時間がたった。奥から聞こえる食器の音に、鼻に柔らかく香る珈琲の匂いからして何か一杯用意してくれているのだろう。

優しい珈琲の香りを大きく吸い込み、背負ってきた相棒を肩から担ぎ下ろす。およそ２～３㎏のそれは持ち歩くにはいささか重すぎると言えるだろう。

すると、ちょうどマスターが奥から戻ってくる。

「それで、今回の注文は？」

「マガジンをいくらかと、それからグリップテープの手入れをお願いできますか？えぇと…チョコレートケーキも一切れ頂きます」

「はいよ、それで問題のグリップテープは？」

「ここに。よろしくお願いしますね」

手をひらひらと振りながらまた裏に戻っていくマスターの後ろ姿を眺めながら同じ後ろ姿でも正反対だ、と上司に心の中で悪態を吐く。どうにもあの上司は好きになれないとため息をつき、頭の隅に追いやるようにして思考を止める。

ふと後ろから大きな物音がして振り向けば、本棚の前に一冊の本が落ちていた。

上下も揃えずに並べられた雑誌やら辞典やら本やらが今にも溢れそうな本棚を見るに、恐らく落ちたんだろう。そんな本棚がいくつも並んでいるところがこの店の雰囲気を醸し出しているのだが、こんな事があると整理整頓を勧めたくなるのは許して欲しい。

壁に貼られたいつの時代の物なのかも分からない沢山の世界地図。

店の隅で佇む異国の言葉で何か書かれた止まった古時計。

ドアの前にぽつりと佇む忘れ去られた傘。

ここには、まるで何か安心できる雰囲気がある。