二、雷鳴は遠のかない ページ5
さて、私がそんな小さな小さな冒険を終えました、その翌日のことにございます。前日の鬱陶しい鼠色とは打って変わって、その日の空は気持ちのいい透き通った青色でございました。お洗濯物がよく乾くだろうなあというような、朝の日が顔を出すと同時に初夏の日射しが燦々降り注ぐ、そんなお天気でございます。私は前日になまけてしまった分を取り戻すためにも、日が昇るよりも早くからいつもより少しばかり急いた調子でキイカラクルと糸を紡ぎ、トンカラトンと機を織っておりました。本当は、そう慌てて終わらせるような仕事でもありませんでしたが、私の家を一夜の宿と決めてくださったあの方とゆっくりお話しする時間が少しでも多く欲しかったのです。だって、あの方は旅の方。朝が来てまた旅に出発してしまったら、きっともう一生、会えなくなるに違いありませんでしたから。初めての恋に浮かれてばかりいられるほど、私も子供ではなかったのでございます。
あの方が起き上がっていらしたのは、私が仕事の遅れを取り戻して、朝餉の準備をし掛けていた頃でございました。ふわりと欠伸をお溢しになりながら台所の方へいらしたあの方は、本当に今起きたばかりといった様子で、白練の上品な色合いの髪の毛をぴょんぴょんと跳ねさせているのがかわいらしくて。それから私は、いつか母が言っていた「惚れた男の寝起きほど眼福なものはないのよ」という言葉をなんとなく思い出して勝手に赤面いたしました。それを誤魔化すようにお早うございます、とご挨拶をすれば、ほんのり眠気を含んだお声で、あの方はお早うと返事をしてくださいます。それだけで私の心の臓はどくどく音を立てて、胸の内がぎゅうっと絞られるような心地がいたしました。たしかにそれは眼福という言葉が相応しい姿でございました。その時の私は、きっとひどく情けない顔だったことでしょう。弟が風邪で寝込んでいて良かったと思ったのはこの時ばかりでございます。
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作者名：鳴草 | 作成日時：2022年5月6日 1時
