* ページ24
「贅沢な男でござるな」
万葉は、思わずそんな言葉を口にした。しとしと降りしきる涙をそのままに、彼女が万葉を振り返る。
「……ぜいたく?」
「ああ、いや。……男冥利に尽きる、ということでござる。あの刀一辺倒の男がお主のような美しい乙女に思われて、その上泣いてもらえるのだから、これを贅沢と言わずなんと言うのか」
そう言って万葉が眉を下げれば、彼女は鼻をすん、と鳴らした。あの友人は、本当に贅沢である。死に際に願いを叶え、斯様に美しい、恋しい女に涙を貰い、そしてその心に残る痕になるのだから。
「ああ、彼がこうも酷い男だったとは。拙者は知らなかったでござるよ」
「……本当に、酷いひとでした。けれど、やさしくて」
「ぞんざいなところもあるのに、どうしてか嫌いにはなれぬ」
「はい。……あの方は、そういうひとでございましたね」
彼女は泣きながら笑うという器用なことをして、そしてもう一度、地面に突き立てられた刀を見た。
「私は、未練がましい女ですから、きっと前を向くということはできません。たぶん、後ろばかりを振り向いて、生きていくのだと思います」
白魚のような手が涙を拭う。頭の動きに合わせて、簪の飾りがしゃらしゃら揺れる。
「お別れして、随分が経ってしまったけれど。私は、あなたをきっと忘れられないけれど」
彼女は、喉を詰まらせたように一度黙って、それから微笑んだ。花が咲くように、ふわりと。
「さようなら。……さようなら、酷いひと。愛しいあなた。どうか、どうか願わくば、黄泉路のどこかで、きっとまたお会いしましょうね」
言い切った彼女はどこか晴れ晴れとした顔をして、そしてやっぱり泣いていた。それを慰めてやりながら、彼女があの親友の思い人で良かったと、叶うことならば、来世こそはこの二人が結ばれてくれたなら良いと、万葉はぼんやり考えていた。
全てが終わった後の、哀しい、別れの秋の話。
終わり ログインすれば
この作者の新作が読める(完全無料)
←終、声を収めた友に告ぐ
19人がお気に入り
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名:鳴草 | 作成日時:2022年5月6日 1時