終、声を収めた友に告ぐ ページ23
「もう、どこにもいらっしゃらないのですね」
そこには一人の乙女がいる。伏せがちになったつぶらな目。長い睫毛が淡い紫の瞳に陰を落とす。艶やかな黒髪はきゅっとまとめ上げられて、簪の飾りがしゃらりと揺れている。花のような面差しは暗鬱としているのに、淑やかな乙女はそれでもなおハッとするほど美しい。
ぽつん、と雨垂れがしたたるような切ない声音で呟いた万葉の隣に佇む彼女は、暗く沈んだ淡い紫の瞳をつい、と動かした。向けられた視線の先にあるのは、飛び交う雷晶蝶、気侭に寝そべる白猫、地面に突き立てられた一振りの刀、それから、光を失った神の目。それを目にした彼女はひとつ瞬きをして、それから桜色のくちびるを震わせた。
「……もしかしたら、もしかしたらもう一度、ただいまって言ってくださるんじゃないかしらと、そんな、馬鹿なこと」
思っていたんです。彼女はまたぽつりと雨垂れがしたたるように言葉をこぼす。はらはらと宝石のような涙の粒が地面に降っていく。白猫が起き上がって、雷晶蝶が飛び立っていった。万葉はなんとなくそれらから目を逸らして、よくもこんな健気な娘を置き去りにして逝ったものだと、今は亡き友への呆れやら諦念やらを込めた溜め息をひとつ吐いた。
ああ、まったく。万葉は首を振る。まったく、馬鹿な男だ。いつか、万葉は彼に簪を贈る意味を教えてやったことがある。だからあの友がその意味を知らないはずがない。自分の口で伝えるよりよっぽど気恥ずかしい気取ったやり方だと言っていたのは一体誰だったか。そうやってわざわざ簪まで渡して、忘れさせてやれないくらい、彼女のことを思っていたのだろうに。その手で、彼女を守ることもできただろうに。そこまでしたなら、自らの願いに殉じずともよかったろうに。
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作者名：鳴草 | 作成日時：2022年5月6日 1時
