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転機があったのは、夏も盛りになった頃。稲妻で名高い長野原花火大会が二週間先に迫った頃です。私には、唯一と言っていいような親友がひとり、ございます。その親友というのは長野原花火屋の店主なのですが、その日の彼女は私が住む村まで、花火大会に打ち上げる花火の注文を取るために足を運んできておりました。そのついでに村の子供たちと遊んだり、畑やら何やらを手伝ったりしてくれるのは、毎年恒例のことなのです。昼前から村に来ていた彼女は、そうして色々な手伝いをしてくれて、一緒に昼餉を食べて、私たちはそれから箸が転がれば笑ってしまうような様相で、くだらない話を延々、語らっていたのでございます。
朝方に美しく咲いていた朝顔が萎んで、お天道様が西に傾いてくる時分でした。彼女の家は城下ですから、鴉が鳴くような時間になってしまえば、そろそろ帰らなくてはという頃合いになります。彼女も忙しい身ですから、泊まっていってもらうというわけにもいきません。名残惜しくて赤ん坊のようにむずがる私を彼女が宥めて、仕方なく見送りをと、そういう時でございます。振り向いたそこには魔物の退治からいつの間にか帰ってきていたあの方が立っていて、そうして彼女と戯れる私をジ、と見つめておりました。食い入るように、とか、穴が開くほど、とか、そういうような視線でございます。あの視線は忘れようにも忘れられそうにありません。ぱちん、と目が合ったかと思えば「今帰った」と微笑みます。
私は、金魚のように口をはくはくと開いたり閉じたりいたしました。抱き着いていた彼女からぎこちない動きで離れて、あの方から顔を背け、燃えるように熱い頬を震える手で覆います。何故って、子供っぽい戯れを見られたことがこの上なく恥ずかしかったのです。私はあの方に良く見られたいがためにいろいろと見栄を張っておりましたから。親友はそんな私の様子と、からから笑っているあの方を見比べて素っ頓狂な声で叫びました。それから私に顔をぐい、と寄せて小声で問いかけてくるのです。いつの間に男ができていたのかと。私は首をぶんぶんと横に振って、同じく小声でそういうのじゃない、と答えました。訳あって居候なさっているのだと。それでもなお彼女は私とあの方の関係について勘繰っているものですから、私はつい勢いあまって、一方的に懸想をしているだけ、と。そう白状してしまったのでございます。
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作者名:鳴草 | 作成日時:2022年5月6日 1時