【一次創作】私の忘れ物達 (ページ20)

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第五話part2 ページ20

ぱっ、ぱっ、とクロが手を濡らす水を払い落とす。

「遠慮しなくていいんだよ。ここは、そういうところなんだ。たくさんの人達と、寄り添って、笑いあって、幸せを分かち合う場所。……短い時間だなんて、言わないでください。君も、知ってるでしょう？独りがどんなに寂しいか…」

「！」

背筋にゾワリと悪寒がする。彼の言う通りだ。

"独り"

思い出されるのは暗い暗い闇の淵。
前も後ろもわからない恐怖と、涙も凍りつくほどに冷たい冷たい孤独感。

これは一体いつの記憶だろう？
ここに来る前のあの場所か

＿＿＿＿否、違う。

身体が石像のように動かない。
次に動いたのは、僕の左の手だった。
クロが僕の手を掴んで握っていたのだ。

「…Aくん」

「クロ…」

「僕、ここにいたい。独りは嫌だよ、みんなと一緒にいたいよ。」

止めどなくぼろぼろと溢れだす涙が、手を握る彼の白い手袋に落ちて、小さく滲みだす。

それでもクロは僕の手を握っていた。
ずっと握って、頷いていた。

～～～～～～～～～～～

「…そういえばね、クロ。ひとつ相談があるんだ」

「…？なんですか？」

お皿を洗い終えて、キッチンを出ようとした時、ふと気になっていたことを聞いてみた。
歩きながら、続ける。

「自己紹介…って、なに言えばいいんだろう。名前は、もうみんな知ってるし」

「うーん、好きな食べ物とか？」

「ラーメンしか食べたことないよ」

クロの長い睫毛が、ぱちぱち上下する。

「…え？あぁ…うむむ…あ、自分の年齢は？」

「……わからない…」

「14くらいにみえますが……あぁあと、進んで話す人はいませんが、昔のこと、とか。」

そこで僕の足はぱたと止まった。

「昔って…どういうこと？」

「もちろん、小さい頃ってのもありますが、ここじゃあ…この世界に来る前の、思い出かなあ、と。」

"それ"だ。

「僕…ない。思い出がないよ。」

クロが首をかしげて、いっそう、ぱちぱちする。
魅達さんは、自慢気に話していた。
自分には立派な、主がいたのだと。
それに続いてミアも笑った。
手はとっても冷たいけど、心は温かい、優しい人と過ごしていたのだと。

他のみんなはなにも言わなかった。
けれど確かに、懐かしそうに微笑んでいるのを見た。

「記憶、喪失…ってことですか。」

僕は何もこたえずに俯いた。
言わなきゃ良かった。
記憶がないなんて、自分自身にしっかりとした実感はわかないが、周りからはひどく驚かれるだろう。

( ；∀；)