王帝の姫は幸福を知らない。5【イナアレ】

礼節重んじ慇懃に ページ41

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僅かに鼻を突くような空気感と 廊下から流れ込む幾許の冷気とが混じり合い、その狭間に現れた存在を巻き込んでゆく。不可視と言えども宙を満たす空気が衝突した証として、まるで豪奢な蚕布かと見紛うような其が 絹糸のように解けさらりと揺らされた。


その場に居るだけで茹だりそうになる暑さも 各々の分泌物なのか定かでは無くなる湿気も、果ては窓ガラスを突き刺して主張する陽光ですらも この人物の前では介入を許されないのではあるまいか？ そんな愚かが過ぎる憶測も どうしてか妙な真実味を帯びる。


決して神々しさを覚える状況でも ある種の禍々しさを垣間見るにも適しはしない、何の変哲も無い筈の一幕なのだろうに。もっと言えば場違いな存在が宙ぶらりんになっているだけの光景だろうに、ぴたりと全ての震えが鳴りを潜めていた。


この部屋の持ち主らの心情を包み隠さず代弁しようとしても、その不可解さと警戒心 ちょっぴり掠めた不信感にも似た高揚を言い表すのは困難を極める。其こそぐぅの音も出ず鳩が豆鉄砲で撃ち抜かれたような顔をしているが 彼等に全く以って非は無い。


碌すっぽ事前情報も与えられず 余りにも最低限の共通理解のみを強いられ、剰えこのナイーヴな時期に飛び込んだ珍妙すぎる特異物質________おまけに健全な男子中学生にとっての 文字通りあらゆる意味で天敵となるであろう人物。露骨な敵対はしないであろうものの 主にとある強化委員にとっては暫くの頭痛の種！


彼女自慢の巧妙な化けの皮を見破る珍事でも発生すれば ありふれた番狂わせの目が出るやも知れないが、まぁ其は其として 基本は穏便ないし不可侵が定石。未だ成熟していなくともレディである存在を わざわざ詮索するのも暇潰しには向かないだろう、その行為に見合うだけの意義が無いのならば。



……………とまぁ、こんなチグハグかつ珍奇な具合で 彼等と彼女の邂逅はその火蓋を斬り落とす。手垢で構成された悲喜劇のようでも 当事者にとっては一大事、慎重に忍び寄るか大胆に肉薄するかは 青少年にありがちな衝動云々へと託された。 勿論そんな不確定要素へ完璧に先回り出来る道理も無し、これから共々頭を悩ます事になる可能性は否めないが。


『星章サッカー部関係者各位、どうも初めまして 丁寧なお出迎え有り難う。早速だけど 私の事知ってるよ〜って人は？』


健全な第一印象を踏み躙るような笑顔から、兎にも角にも幕が捲れ上がっていくのであった。

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