王帝の姫は幸福を知らない。5【イナアレ】

【回想】邂逅と未来の狼煙 ページ20

思惑通りに了承を得た彼女は、また無邪気さを装って可愛らしく微笑む。内心ではほくそ笑んでいるのだろうに、と呆れの混じった溜め息がこぼれた。


しかし、こうまで人間がコロっと騙される様を見るというのも貴重な経験と言える。まぁ今のは交渉とも言えない稚拙なやり取りであったが、子供が子供を騙すなら充分すぎる程の手際だ。


中々やるな、とありきたりな文言を思い浮かべ、ついでに彼女自身が丁度よく名乗っていた名を忘れないように反芻する。


御堂院なんて派手な苗字はどこか虚勢を張っているような印象があったが……ここまで来るとそれすらもある種の勲章のようだ。


そう言っている俺もそこそこ珍しい苗字ではあるが、そこは特に気にしない事とする。いくら珍しいと言っても見慣れた、言い慣れた、書き慣れた名なのだから。


そんな思考を整理していると不意に彼女がこちらを向く。何やら傍らの吉良ヒロトに耳打ちをした後、俺にとっては不気味でしかない笑顔のままで前へやって来た。


『有人くん、ヒロト君連れてきたよー！』


………世の中の女性は化ける能力でも持っているのだろうか。頼むから妹だけは例外であれ、と小さく祈る。


つい先程まで不機嫌な猫よろしく無愛想だった癖に、こんな変わり身をされたら誰だって背筋が寒くなるだろう。俺はなった。


「あ、あぁ。すまないな」


取り合えずは礼らしき言葉を紡いだが、どうにもぎこちなくなるのは自然現象である。すると彼女＿＿Aは一瞬だけニヤリと口元を歪め、俺のことを窺っているらしい吉良ヒロトに微笑みかけた。


『こっちは鬼道有人くん、私と同い年で１つヒロト君のお兄さんだよ。ちょっと無口だし顔も怖いけど、さっき私にジュースくれた位には優しいからね』


随分と深刻な風評被害を招きそうな紹介である。別に無口なつもりはないし、必要な時に喋っているだけだというのに。無駄に喋るよりその方がよっぽど効率がいい。


百億歩譲ってAほど人当たりのいい、というか優しげな顔でないのは認めるとしよう。だが怖くはない。


どうせだったらもう少し好印象になるように伝えてくれれば好都合だったが……今気にしても仕方ない。


「鬼道有人だ。よろしくな」


一応は年下ということもあり、出来るだけ優しく声をかける。だがそれも虚しく彼はびくりと肩を震わせ、小さく頷いてAの後ろに隠れた。


握手のひとつでもした方が、と思って差し出した手は中途半端に宙に留まる。


……後ろの少年に見えないのをいい事に、彼女は愉快そうな顔で笑いを堪えていた。

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