王帝の姫は幸福を知らない。5【イナアレ】

ツギハギ王子の善意 ページ4

おどけてそんな台詞を吐けば、「やれやれ」なんて言いたげな表情が返される。


「持っている訳がないだろう、円堂でもあるまいし………それにもうすぐ晩飯だ、我慢しておけ」


苦笑いと共に歩き出し、すれ違い様に私と春奈の肩を叩く鬼道。なんだか妙に優しい視線を向けられたが、好意的なものなのかは分からない。


もしかしたら嘲りなのかもしれないしな、というのを留意しておきつつその背中に声をかけた。


『了解、ネクタイ解く時に首絞めないようにねー』


ニンマリと笑みを浮かべ、ネクタイを締める手振りと共に送り出してみる。


「お前は俺を一体何だと……気をつけておく」


彼は呆れが深まった顔で振り返ったが、何処か楽しそうに片手を振った。その後ろ姿から背を向ければ、彼女は目をぱちぱちと瞬かせている。


鳩が豆鉄砲でも喰らったような、はたまた狐にでも化かされたような……兎に角、ほんの少し間抜けな表情だ。


『おーい、立ったまま気絶とかそういうやつ？ ちょっと間抜けだぞー』


どうかしたのかと思って顔の前で手をヒラヒラし、意識を確認するように言葉を紡いでみる。すると彼女はハッと大袈裟に息を呑み、こちらをじっと見つめた。


その視線は何か、人ならざるものを確かめるような目付きで……えっ。心当たりが無さすぎて行動できない。


これってちょっと怒ってる感じのパターンかな〜、なんて。僅かに浮かんできた冷や汗は辛うじて流れていないが、内心はダラダラである。


「………Aさん」


『は、はい…？』


見詰められたまま名前を呼ばれ、引きつった笑顔で返事をする。相手の声は弾みも落胆もない平坦なもので、それが余計に不安を加速させた。


ここで喧嘩とか仲違いとかになっちゃうと都合が悪いんだけどな……いざとなれば対灰崎ウェポンとして買っておいた縫いぐるみで誤魔化すか。


けっこう女子ウケする感じの熊だったし、なんて思っていると＿＿


「えっと……さっき、私のために嘘ついてくれました？」


『あ、うん。その通り………いやお節介だね、なんか御免』


……特に熱烈な感謝が来る訳でもなく、ただただ確かめられた。何だろうこの感覚、釈然としない。稀な善意の空回り。


春奈だったら「ありがとうございます〜！！」とか言って抱きついてくる可能性もあるかと思ってたけど……彼女に対する認識を改めておいた方がいいかもな。


ありがとうございますね、なんて礼を述べられたものの、苦笑いで返す事しか出来なかったのであった。

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