王帝の姫は幸福を知らない。5【イナアレ】

【来訪者】は笑みを振り撒く。 ページ1

きい、と。何かと何かが擦れて、軋むような音が微かに響いた。


続いて、袴田さんが丁重に出迎える声。私の耳は精度がとても良い、だからしっかり音を拾えた。


思わず苦笑いを浮かべながら、春奈の手を取って立ち上がる。


『春奈。お兄さんのご帰宅みたいだよ？』


すると彼女は目を輝かせて、居ても立ってもいられないとばかりに駆け出す。言葉なんて一つも発しなかった、それ程に嬉しかったのだろう。


豪快に開け放たれた扉が閉まってしまわないうちに、隙間をするりと抜けた。階段の上から顔を出すと＿＿


「は、春奈！？ 何故お前がここに……」


ハスキーで大人っぽい、けれど動揺して上ずった声が響く。そりゃ不思議か、だって別居してる妹が家にいるんだから。言い方がアレだけど。


感動の再開を生で見る事になるとはね〜、なんて腑抜けな考えをしつつ手すりに寄り掛かる。そして大きく息を吸い、


『おーいっ、全力で水を差すけど私もいるんだぞー。君のシスコンは今に始まったものじゃないけどさー』


なんて、ふざけているとしか思えない台詞を吐いた。彼はこれまた分かりやすく動揺し、こちらを見上げてはゴーグルの奥の瞳を丸くする。


「なっ………不法侵入でもしたのかA」


『いや流石に失礼すぎないかな、鼓膜破ってあげようか』


真顔で不法侵入の汚名を着せられてしまった。何と嘆かわしい、御堂院家の名に傷どころか泥を擦り付けられては堪らん。結構古いけど激おこぷんぷん丸だぞ。


弾むようなリズムで階段を降りて跳び、両手をピッと上げつつ着地してみた。我ながら美しい跳躍だ、来世があったら体操選手でも目指してみようか。


渾身のドヤ顔で二人を見れば、春奈がぱちぱちと拍手を返してくれた。先輩を立ててくれるとか良い後輩だなぁ本当に。


ちなみに袴田さんは……立派なおひげや片眼鏡で確実かは分からないけど、どことなく嬉しそうだ。孫たちを見守るお祖父ちゃんさながらである。


なお、鬼道は全くの無表情にして無反応だ。流石にこれは酷いんじゃなかろうか、クレープの件ではあんなにノリノリだったというのに。


『……鬼道。もしかしてだけど、私が本当に不法侵入したと思ってるんデスカネ…？』


語尾が震えてカタコトになってしまったが、これは致し方ない。だって無表情で見られ続けると不安になるじゃん。


「…………冗談だ、すまなかったな」


なおこの言葉、引き続き真顔でのものである。多分こいつ私を面白がってるな、後で風邪を引かない程度のぬるま湯でもぶっかけてやるとしよう。嘘だけど。

言うなればフラグ重工。→

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