「いっそ世界など壊れてしまえば」と呟いた

零、この世は総じて無意味である。 ページ1

硝子張(がらすば)りの壁に背を預け、神渡(かみわたり)Aは紅い装丁(そうてい)がかかった本を開く。それは彼女の旧友、坂口安吾が居なければ手に入れられないような代物だった。
黄ばんだ頁(ページ)を捲ると仄かにカビ臭い。神渡は特有の臭いに眉間に皺を寄せ、不快感をあらわにした。

紅い栞の挟まれたところで、神渡は頁を捲る手を止める。大きな目を糸のように細め追う文章は、このように描かれていた。

ーーーこの世は総じて無意味である。人間 に付与す
ることが可能なのは《社会的》価値である。そもそもの価値、絶対的な意味は何処にも存在していないのだ。詰まり、そもそもの価値すらない人間にとって、この世は総じて無意味でしかない。
ー神渡美玲ー

なにを馬鹿な事を。心の底からの嘲笑を本に向ける。其れをして神渡の気が晴れる訳でもないのに、彼女はこの行為を毎日欠かさずに行っているのだ。

窓の外にあるのは、夕闇の予感に染まった横浜だけだった。

壱、愛に飢えた者達→

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