セイレーンの受難 (ページ5)

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ごページ5

…、…。

「！」

うそ、寝てた。冷たい床から身体を起こして、にじむ目を力任せに擦る。
パチリ、目をしかりと開けるが、周りは真っ暗で何も見えなかった。…眠る前はゆらゆら、廊下からの明かりで辛うじて周りが見えていたのに。
ひんやり、冷たい感覚が背中を登ってきて、頭をやけに冴えさせた。
ああ、夜だ。大嫌いな夜になってしまった。
焦る気持ちを抑えて、扉があった場所を手探りで叩いた。

「だれか！だれか…！」

ドンドン、叩く音だけが響く。
響く、だけだった。

かつて鳥の羽を持ち空を羽ばたいたという、先祖様。
そんな自由な姿に憧れもした。
だって、私は歌えもしない、飛べもしない… 夜に視力を失う目だけを受け継いだ、出来損ないのセイレーンだから。

だれか、枯れるまで叫んで、でも意味はなくて。
目頭がどんどん熱を持って、涙が、宙へふたつ、みっつ浮かんで消えていった。
泣いたって、しかたないのに。
ひたすら泣いて、泣いて、しばらくすると、どうも身体が重くなってきて、ずるりと床へ体を横たえた。

ふうふう、荒い自分の呼吸と、…なんでだろう、遠くから、歌が聞こえる。
わかってる。あれは、私を死へと誘う、セイレーンの歌。
半ば反射的に耳を塞いで、小さく小さく丸まった。
はやく、こんな怖いときが過ぎますように。

「…シレーヌ？」
「！！！」

私の手をゆっくり耳から外す、だれか。
気を失っていたらしい、周りはまだ暗いがほんの少しだけ水が光を帯びはじめていた。
しかし、こんな微かな光では、なにも見えない。
声のする方へ目を動かすが、そこにはなにもいないように思えた。

「だ、だれ」
「オレだよ、フロイド。だいじょうぶ？シレーヌ」
「ふ、ふろいど」

本当に、フロイド？
フロイドのフリをして、私を騙そうとするセイレーンではないか。
…それでもいい。この地獄から抜け出せるのなら。
幽霊みたいに起き上がって、声がする方へと腕を伸ばす。
すると、腕は優しく掴まれ、ゆったりとだれかの胸へと体が寄せられた。
どくどく、本物の証である大きな鼓動に、緊張していた体が脱力していく。
これは、フロイドだ。もう、たすかった。

「大丈夫だよお。もう、オレがきたからね」
「……、」
「大丈夫、大丈夫」

背中を撫でる、あの冷たい指。
つい、我慢できなくて、でもバレたくなくて、フロイドの方に顔を埋めて静かに泣いた。

セイレーンの歌は、もう聞こえない。