いち ページ1
深い青が支配する深海。
それはひどく寒く寂しい世界…ではなく、音楽好きがたくさんいる陽気な世界。
そんな私の故郷では、今日も至る所で誰かの鼻歌であったり、手拍子であったり、一日中楽しげな音が鳴り響いている。
…では人魚の端くれである私も音楽好きかというと、これが違う。
「セイレーンである私たちは、歌で人間を惑わす」、母親からそう伝え聞いてから、音楽がどうしても汚いものに思えて全く触れることができなくなった。
音楽に一切関わらないセイレーンは傍目からすると酷く異質なものに見えるらしい。
私がエレメンタリースクールに入る頃には、およそ友人と呼べるものはいなくなっていた。
「セイレーンだろ！ほら歌えよシレーヌ・ルー！」
わかりやすい弱者は虐げやすい。
放課後私のペンを奪い取ったひとりの人魚は、楽しそうにそう叫んだ。
周りの帰らずに残っていた人魚たちもクスクスとその場面を眺めて笑う。
人よりも心の成熟が少し早かった私にとって、こんなペン一本を人質にされた詰りなど屁でもなかった。
ないはずだった。
いや、その、その時は色々と腹の座りが悪かったのだ。
かっとなった私は、深海ボクシング代表選手である父譲りの拳をその人魚にたたき込んでしまったのだ。
すぐに我に帰ったが、中々のナイスショットに人魚は頬を抑えて遂には泣き出してしまった。
あ、やっちまったと拳を見つめている間に周りの野次馬はそそくさと教室から出て行き、入れ替わる様に監督役の先生が駆けつけてきた。
「一体何があったんです、ミス・ルー」
「あ、えと、「シレーヌが！殴ったんです！」いやまあ」
「…殴った、ですって？」
先生は人魚の腫れた頬と私の少し赤い拳を交互に見て、眉を潜めた。
人魚はもう被害者として生きていくことに決めたらしい。まこと哀れ、ヨヨヨ…と床に尾を丸めて蹲ってしまった。
そんな姿に同情したのか、先生はわたしのほうへ厳しい視線を投げつける。
ああ、まずい。このままだと私が極悪非道の犯罪者だ。早く真実を言わなくては…！
だが思い切ってあげた目は、先生の真っ赤な顔に怖気付いて再び下がってしまう。床に挟まっている貝がよく見える…、マキガイだ。
「せんせー。おれ、見てましたあ」
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作者名：ほこり | 作成日時：2020年12月23日 2時
