-蝶は水面月で羽を癒す-

＃２８ ページ28

しのぶ｢…｣

ケーキを手に提げて歩きながらも、私の頭の中はさっきの光景がずっと反芻して消えない


＿｢義勇｣


可愛らしく先生の名を呼ぶその人は、声と同じく可愛らしい顔立ちで…
柔らかな笑顔を浮かべて冨岡先生に寄り添っていた

長くて綺麗な黒髪を編み下ろしにして揺らしながら駆け寄る姿は恋人以外の何にも見えなくて


＿しのぶ｢好きな人とか居るんですか？｣

_義勇｢あぁ｣


しのぶ｢……好きな人所か…恋人じゃないですか……｣ﾎﾞｿｯ

そりゃ…あんな屈託なく笑う可愛らしい人じゃ、一目惚れもしますよね…

何の偽りもなく素直そうで……
ぱっと見ただけでもわかる、性格の良さそうな人

私はそういう人達をよく知っている…

私がずっと幼い時から可愛らしいと思い憧れていた蜜璃ちゃんやAの真っ直ぐな笑顔に良く似た、屈託の無いその表情


…きっと私には無い物を沢山持っているんだろうな


もしかしたら冨岡先生が私を好いてくれているかもなんて、良くそんな自意識過剰な事 口にしようとしていたわ…馬鹿みたい……


今まで私の心を掻き乱すような言動も、やっぱり全部…冨岡先生には深い意味なんて無かったんだわ

なのに私……

しのぶ｢本当…馬鹿だわ、私…｣ｸﾞｯ

あの女の人を見る冨岡先生の表情も、いつもと違い優しかった

好きなんだなって伝わってきた…



結構私のこの気持ちは、先生の迷惑にしかならない

冨岡先生にとってはただの生徒…


＿義勇｢良いものだな…胡蝶とこうして過ごす時間が、俺にとってはやはり心地よい……俺は胡蝶が居ないと駄目だな｣


しのぶ｢…っ｣

なら…あんな事………言わないで…っ



ｶﾞﾁｬﾝ…

カナエ｢おかえりなさい、しのぶ！ありがとう｣

しのぶ｢…ただいま。冷蔵庫に閉まっておくわ｣

カナエ｢……しのぶ、どうかしたの？｣

しのぶ｢何が？どうもしないわ｣

カナエ｢でも…っ｣

しのぶ｢大丈夫だから…！｣

お願い…今はそっとしておいてほしい……


子供じみた事してる…こんなの良くないって分かってる、これじゃ八つ当たりだわ

でも……

折角のカナヲの誕生日なんだから、皆に暗い顔見せたくないもの


しのぶ｢…ごめんなさい、大きい声出して。本当に大丈夫だから気にしないで｣ﾆｺｯ

カナエ｢しのぶ…っ｣

お願い、これ以上聞かないで
だって今 口を開けば引っ込みが付かなくなる

この爆発しそうな感情も、冨岡先生への気持ちも全部



私は全部、過去へ置いて行く…

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