まだ子供【桃也】 ページ42
傾けた缶から流れた液体を飲み込むと、苦い後味が舌に残る。
つい声が漏れてしまうその爽快感に舌鼓を打った。一口で、半分近くのそれを飲んでしまった。
学生の頃はこんなに酒を飲む人間になるとは思っていなかったし、多分周りからも思われていなかっただろう。
真面目に優等生をやってはいたので、どちらかというと酒を飲んでいる奴らを介抱する側の人間という想像をしていた。
実際酒が強い所為で介抱する側ではあるのだが、それでもまさか同級生と酒を飲む日が来るなんて時の流れは本当に早い。
ついこの間まであの学園に通っていたかのようだった。
学生時代は服を作りながら、将来に夢を見ていた。ステージの眩しさに汗を垂らして、貪欲にもそのステージ上の人が「俺の力でもっと輝いたなら」……そんな夢。
この時から無表情気味ではあったけれど、その時の写真では満面の笑みを浮かべている物もあった。
今となっては社会の波に揉まれてポーカーフェイスの日々。
それが日常と化して、無表情という物が俺に染み込んでしまった。簡単な物じゃ溶けず、ずっと俺の表情は冷えていく一方だった。
でも「アイドル」という輝かしい存在が、俺の染み込んだ表情を溶かしてくれる。
今の仕事は辛いにしても幸せだ。
プロには敵わない所も明らかにあるけれど、生徒の、卵の皆はとても懸命に心のこもった活動をする。素敵なことだ。
底にわずかに残る液体を喉に流し込む。
缶のみを捨てるためにゴミ箱にひょいと投げると、円を描きながら音を立てて見事に入った。
海貴もそれを見て、飲み終わったそれをゴミ箱へ。
外から来た衝撃に、中に入れられていた缶が動く音がする。
「あー、歯磨いたのに。もっかい磨くかあ」
『飲まなきゃ良かったんじゃないの』
「うるさいな〜。人が飲んでる所見ると飲みたくなる物じゃんねえ?」
俺が海貴をからかって、それに笑いながら不満を口にする海貴。
何年経っても代わり映えのしない風景だが、わずかな場所や状況の違いは俺達が大人になってしまったことを十分に示す。
写真の中の姿と同じように、精神だっていつまでも子供じゃいられない。
いつまでも学生の時のまま、誰ともつかずな恋愛をし続けちゃいられない。
いつか、愛した人と籍が入れられたら。
きっと愛した人は俺の表情さえも溶かしてしまう、眩しい存在なんだろう。
漠然とそう思った。
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