疲れた【桃也】 ページ28
沈黙が生まれ、廊下からひたりという音だけが微かに聞こえた。いつの間にか、家の中に戻ってきていたんだろう。
空になったコップを机に置くと、優しくしたつもりでも案外大きな音が出て指先が少し震えた。もっとも、静かなせいでうるさく感じただけで、本当は大きい音でもなんでもないんだろう。
わざとかと聴きたくなるほどひっそりと扉を開け、光希くんが部屋に入ってきた。座り込んだ美作先生の後ろに立つが、彼は光希くんに気付いている様子は無い。
「そういえばさ、花霞ちゃんはいつ帰るの?そろそろ帰んないとやばくない?もう外は暗いけどさ」
身を硬直させる美作先生と、何事やらととぼけた表情をした光希くん。
「……びっくりした〜。足音くらいたてて移動してくださいよ。心臓に悪いです」
息の根が止まっていたかのようにドッと話し出し、平然を装ってるように見えた。まあ、誤魔化し方は俺も全く同じだ。
「はいはいごめんね〜。落知先輩と一緒に帰る感じなの?」
……それはちょっと面倒……というか大変だな……。華金なのになんでこんなに疲れにゃならんのだ。発端はこの人らだぞ。これ以上は許してくれ。本当に。
仕事の疲れやら何やらで、体の節々が悲鳴を上げていた。
「そうですね、そろそろ帰ります。冷蔵庫に今日の夕飯分と明日の朝食分は作っておきました。もう長いこと作ってないんで、味は保証しませんけど」
俗に言う首痛いポーズを取りながら彼は言う。
「え〜!? 花霞ちゃんの手料理!?」
『美作先生って料理できたんですね』
素直に思ったことを今度は口に出したが、ちょっとばかり失礼だったかと考え直す。
「ですよね! 花霞ちゃんが料理できるイメージもしてるイメージもない」
それは……オーバーキルじゃないか?
そこそこ癪に障ったのか美作先生は不服そうに頬を膨らませていた。リアルでやる人はあまり見たことがなかった。
「たぶん、人並みにはできるはずです。包丁握ったのは5年ぶりくらいですけど」
……5年? 5年って、5年だよな?
そんな……いやいや、5年も包丁握らないことがあるか? 自炊しない人は触らない……のだろうか。毎食作っている俺にはイマイチ理解し難い事実に、思考が停止しかけた。
「えっと〜…ん〜、まぁ、見た感じ怪我してなさそうだし、良かったよ」
本当にその通りだと大きく首を縦に振る。
本当に。5年なんて相当だぞ。中学生2年生が大学入学するぞ。
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