本音【桃也】 ページ26
甘い煙草が口寂しくて、生唾を飲み込んだ。
無性に落ち着かなくて、瞬きを何度もしたり、頭を掻いたりした。
話すことも特にないように思い、俺は黙っていた。無理に喋るのは面倒なのだ。
「えっと……お腹空きましたよね。こんな時間まで先輩がすみません」
あまり空気感を良しとしていないのか、無理に話題を振られた。
彼の言う通りである。君の先輩は大分ヤバいと思う。
『あー、光希くんってあんな感じなんですね。ステージ上と印象があんまり変わりませんでした』
素直に思ったことを話せば、あははと苦笑いを零される。自覚があるなら尚更直すように指導して欲しい。
「光希先輩は怒らなければあんな感じですよ。いつもへらっとしてるのに、ちゃんと欲しい言葉をくれるような人です」
名誉挽回、とでも言うように言われた後半は、まあ分からなくもないという感じだった。何となく彼は野生の勘、みたいな物を持っていそうだ。偏見だが。
それよりも、ぶっちゃけあの人が怒るようなことがあるのかと思う。多分普通の人とは沸点が違うと思うのだが。なんてったってあの問題児の化身だぞ。そんなやられたらキレるようなことを素でやるなんて……とは思ったが、それはそれでありそうなのが彼か、と自問自答した。
腰が疲れて、右手を畳につける。寝転がりたい気分だが、流石に他所の家で許可なく寛ぐのも良くないだろう。
誰も手をつけていなかった茶に手を伸ばし、1口含む。じわりと茶の味が舌に染みた。冷たいかどうかは、あまり分からなかった。
「あの、今日のお弁当、ごめんなさい。すっごい楽しみにしてたんですけど、やっぱり親の恐怖には敵わなくて……親が怖いなんて、情けないですよね。すみません」
俺は一息ついて、一気に茶を飲み干した。喉が急激に冷やされる感覚と、潤される感覚がある。鼻の奥がツンと痛む。
聞いていないのか、と少し疑うような視線を感じた。
『……気にしないでください。明日のあるんですから』
本音6割、建前4割。
大人であろうと人の事情なんて知ったこっちゃないのた。むしろ、相手が大人になると特に。というか、どうでも良かった。
休んだ理由が体調不良と聞いていたのに、本来は違う理由だったなんてずる休みと何も変わらない。たからといって、その理由を聞いた所で休ませやしない。
社会人、さらに教師なんてそういう仕事だ。
でも、心配してしまう気持ちがあるというのも、また本音なのだ。
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