今夜君が欲しい【中編】

82 F ページ32

自分がタマと別れない理由、それは…
愛してるから。そう思っていた。
でも、実際は別れると言うことを考えた事がなかっただけかもしれない。


北山に、言われるまでは。


ふたりが手に入ればいいと浅はかにもどこかで想っていた。



タマとは同棲してる。会社の近くに。
そのマンションは1人で支払うにはカツカツだし、広さもある。別れる、と言うことは引越しも伴い生活がガラリと変わる。



本当は、怖かっただけなのかもしれない
いつもの日常が変わる事が。



愛してるとか、そんな格好いい理屈じゃなくて



変化をただただ恐れていたのかもしれない。



でも、その変化を受け入れなければ、手に入らないと彼は言う。
何でもない幸せだと思っていた日常を壊せと言う。



その変化よりも、たった今怖いと思った。



彼が手に入らない事の方が…。



アイドル様に奪われるのも、部長にいい様にされるのも許せない。



誰でもいいと、今にも言い出しそうな君のその唇を塞ぎたい。



北山は俺のモノだ、と。
俺を好きなんだろ？、と。


北山の肩に触れ、柔らかく笑う部長の口元が許せない。触れてる手の平が許せない。
心がドロドロする。
俺は、部長に対して嫌だと思った。
なぜかというと、俺の知らない北山の夜の表情(かお)を知ってるからだ。



彼の首筋についていた所有の痕。


周りに彼は自分のモノだと知らしめるかのようにわかり易い程のマーキングをしていること。
北山が拒めない権力を振りかざして、無理矢理襲ったに決まってる。そう思いたかった。



恋は綺麗なモノなんかじゃない。
好きだと想う気持ちは、理屈なんかじゃないと初めて知った。


北山がただ欲しい
俺で北山を善がらせたい
淫らにさせたい。乱したい。


特別な表情(かお)を見せてほしい。ぞわぞわと沸き上がってくる感情。抑えきれないほどに。



立ち止まっていた足を、一歩ずつ進めていく。
北山の席へと。
部長も北山もディスプレイを見ていて、こちらには気づいていない。
二人の元で足を止めると、ふたつの顔がこっちを向く。



「お話中、失礼いたします。部長、北山さんと打ち合わせに入りたいのですが、宜しいでしょうか？」



北山の目が、ピクっと見開いた気がした。
部長は少し機嫌を損ねた様に眉をピクつかせる。シンクロするのも許せない。



そして、横から…また違う視線を感じていた。
突き刺さるモノ。それは…
少し離れた所からこちらを見据える、恋人のモノだった。

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