今夜君が欲しい【中編】

81 F ページ31

この部署は、間接的に関わっていても直接的に芸能人の方に会うことは少ない。
スタジオは顔が売れてる人達で賑わっていて、少し居ずらい。



無意識に、物珍しい様に見渡してしまってると目の前が暗くなった。照明が影で隠れる。



「あのーすみません」
「はい…？」


その人影に顔を上げると、そこにはアイドルの大倉さんがいた。この生放送に出演してくれてる大物アイドルだ。


アイドル様に話しかけられた事に多少なりともビビる。



近いのに、すげえ遠い。
同じ局にいても、壁は厚いのだ。



急に声をかけられて、無礼な態度をとってしまっていないか不安になる。



「北山くん知らへん？小ちゃい男」
「…北山ですか？」



整った顔。高い背。細い身体。柔らかい笑顔。完璧な人間って居るんだなとマジマジと見てしまった。
でも、その人が尋ねてる「小ちゃい男」に引っかかり、思わず顔が強ばってしまう。



「そうそう！めっちゃテキパキ指示出してくれた子！茶髪でちょっとチャラそうな子なんねんけど」



もうそれは確信に変わる。
あの北山だ。



「…北山は、オフィスで待機してますが。他の仕事をしておりますので」
「彼は来おへんかったん？」
「…彼は元々は違う仕事なので。何かご伝言承りましょうか？」



なぜ、大倉さんは北山を探してるのだろう。
アイドル様の彼が、いちスタッフに。



「いや、また覗かせてもらうわ。めっちゃタイプだったから、食事にでも誘おうかと思っただけやから。」



何度か頷くと大倉さんは軽く会釈をして、呼ばれたマネージャーさんの元へと戻っていった。



タイプ…？



ぞわりと、気持ち悪い感情が沸き上がってくる。



アイドルの大倉さんに言い寄られたら北山は落ちてしまうのだろうか。
部長に、大倉さん…
アイツを想う人は…沢山いる。



俺が、タマと別れない限り…
アイツは俺のモノにならない。
アイツが誰かとセックスをしても咎める事が出来ない。




触れたい。
おまえは誰だっていいのか？
自分が想う人でなければ。
求められれば、応えるのか？



吐き出しそうになる息を、ぐっと呑み込んだ。
拳を握りしめて。



スタジオからオフィスに戻れば、北山はパソコンに向かって入力をしていた。画面にはスラスラと文字が並んでる。



出入口でそんな北山を見ていれば、部長が北山の元へとちょうど歩み寄った。そして、北山の肩に手をそっと置くと、二人は柔らかく笑い合っていた。



ジリジリと胸の奥が痛む。

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