今夜君が欲しい【中編】

54 K ページ4

思い通りにならない藤ヶ谷にイラついてくる。
ここまでしても、おまえは玉森と別れないんだな。


玉森は大人しく眠ってしまったらしーぜ？
依頼主から届いたメールには、そう報告があった。
上手くやった事に、ほっと一安心したのも束の間、目の前の標的(ターゲット)は中々手強い。



身体を駆使して、夢中にさせるか。
でも、それじゃ面白くない。


心から欲しい。
身体からじゃなくて。



でも、あの脳天まで痺れるようなキスも欲しい。


自分の中の情欲が邪魔をする。




「まあ、いーや。取り敢えず、メシ行かね？」
「…そうだね。普通にお腹空いた」



何やら訳分からなくなった互いの口論に終止符を打つと、藤ヶ谷も同意した。



菓子パンをつまんだから、お腹と背中がくっつく程には減ってはないが、減るもんは減る。



「ラーメン食いてー」
「却下。焼き鳥にしよう」



その鶴の一声に、俺は肩を落とした。
藤ヶ谷が行きつけだという店を紹介してくれるらしいから、まあ、よしとしよう。



カウンターの目の前で焼かれる串たちに涎は垂れ、食欲は一層掻き立てられた。



肩が触れる距離で、隣り合わせこうしてただ、同じ釜の飯を食う。そんな当たり前の事すら自然と楽しんでいた自分が居た。



次はこれを話さなきゃとか…そうゆんじゃなくて。
強いて言うなら、二階堂と話してる感覚に近いのかもしれない。



そのメシのひとときは、二人とも笑ってた。



藤ヶ谷も涙を流す程、笑ってた。



あんまし呑まない藤ヶ谷の代わりに俺のピッチが進んだ。藤ヶ谷が煽って、グラスが空けば次々と頼んでいたからだった事に俺は気付けないでいた。



「…なあ、さっきからスマホ気にしてるけど、何かあったのか？」
「あ、いや」
「何、恋人から早く帰って来いって催促でもあった？」



ぐわんぐわん回る頭の中
その瞳に入ってきたのは、スマホを心配そうに見つめてる藤ヶ谷の横顔だった。



「その逆。連絡が来ないんだ」
「…寝たんじゃねえの？」
「かもね。おかしいよね、連絡が来れば、面倒だって思う事もあるのに。連絡がないと寂しくなるなんて」



その藤ヶ谷の声と横顔を見て、悟った。
全然ダメじゃんって。



まだ落とせてねえって。



スマホの画面が、きっと藤ヶ谷の瞳には玉森の顔にでも見えてるんだろう。



宮田の言っていた事をその時、強く理解した気がした。



この二人の絆は、俺が今まで壊してきたカップルの中で一番固いかもしれないと。

55 K→←53 K

→ 目次へ｜作品を作る｜感想を書く
他の作品を探す