今夜君が欲しい【中編】

66 K ページ16

「心をあげてるのに、身体まであげるなんて不公平だろ？」
「………北山、」
「アンタは俺に何もくれないのに。身体だけは欲しいなんて」
「………、」
「理不尽だと思わねえ？」



早く別れろ。
俺に堕ちろ。



早く、早く。
心まで奪うのが『別れさせ屋』だ。
身体だけなんて、必要ねえ。



早く俺を求めろよ。
だったら、恋人と別れますって言えよ。


何で視線を逸らすんだよ。
俯くんだよ。



そんなに恋人(玉森)が大事なのか？



こんなに強引に連れ込んでおいて。
嫉妬の炎をギラつかせておいて。




「…ごめん、」
「…何が？」



不意に謝る藤ヶ谷。
その先は何？
嫌な予感しかしない。
こんなの初めてだ。
俺の読んだ先の言葉が自分の想定外のモノになる気配を感じてしまったのは。



「恋人とは別れたくない。でも、北山が欲しい」



…コイツ、馬鹿なのか？
別れなきゃ意味ねえんだよ。
別れなきゃ、藤ヶ谷に俺をあげる意味がねえんだよ。



俺は、決してアンタを愛してるわけじゃない。
アンタが欲しいわけじゃない。



依頼主が『別れ』を求めてるから、その任務を工作員として全うしてるだけだ。



依頼主の利益を守るために。



「……話になんねえな」



藤ヶ谷を振り解いた。
連れ込まれたのも無駄に終わった。
想定外は頭が働かない。
もう一度、練り直すしかない。
何度も練り直すのもこの案件が初めてだった。



手に入りそうで、手に入らない。
…初めて、『負け』かもしれないと頭に過ぎった。



「じゃあな」



退散しようとドアの所までゆっくり歩く。



だけど…ドアノブを握った手を、背後に気配を感じたと思ったら今度は掴まれていた。



「言っただろ？北山が欲しいって」



背後から抱きしめられ、耳元で吐息が触れ囁かれた。その色気を帯びた声に、背筋がぞわっと震えた。肌が粟立つ。




「北山もおっ勃てておいてよく言うよ」
「………っ、」
「俺が欲しいって言えよ」



藤ヶ谷なんて欲しくない。藤ヶ谷(ターゲット)なんて全然いらない。
ただ、仕事だから。



求めてるフリをしてやってるだけだ、




「…言えないなら、言わせてあげる」



その雄の顔を見せた藤ヶ谷の事を
玉森は見たことはあるのだろうか？とふと思った。



その表情は俺にしか見せない顔なのではないかと、快感に呑み込まれていく頭の中で思っていた。

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