今夜君が欲しい【前編】

44 M ページ44

「…玉さん、今夜ウチに来ない？」
「お前ん家に？」
「ゲームしよ。今日は編成前だから早く帰れる最後なんだ」
「ん、分かった。ガヤも仕事立て込んでるつってたし。宮田んち寄るわ」
「ふふっ。ゲーム沢山しよーねー」



北山さんから貰ったものをぎゅっとポケットの中で握りしめた。



今夜は帰さない。



＊



北山さんとのメールのやり取りで約束をしていた時間に喫煙所近くに向かうと、北山さんが壁に凭れて立っていた。


ガヤさんと打ち合わせの時間らしいその時間に此処で待ち合わせをする。ガヤさんが怒りながらも北山さんを探しに来るのを見越して、とのことだった。



メールのやり取りを頭に浮かべる。
まるでインタビューをする様にその内容を叩き込んできた。



北山さんと直接、接触することはこれまで避けてきた。



今回はあくまで、偶然を装うという指示だった。
背中に小さく足音が聞こえてきた所で…



目の前の北山さんが小さく頷いた。
スタートの合図だ。


額に汗が浮かぶのを感じながら、声を震わせないよう息を吐く。



「あーお疲れ！北やん」
「お疲れ様です、宮田さん」



接触する事は避けてきたけど、顔見知りな体(てい)で接するという指示だった。どうしても必要だと言うやり取り。



「北やん、俺さ、さっき偶然、部長と話してる所聞いちゃったんだよね…」
「……え」



大根役者になってしまいそうなのを何とか素に戻し抑える。笑顔を消す。笑顔が俺にとっての偽りに最近では、なっていた。
背中に聞こえていた足音は止まった。



周りには、幸いにも誰もいない。



「ここじゃ何だから、中 入りません？」


北山さんが喫煙ブースを指すと、頷きそれについていく。
北山さんに言われていた通り、ドアの隙間を少し開けた状態にして閉めた。



尻目で、人影が動いたのが見えた。



互いにそれに気付かぬふりをして、話を進める。
北山さんはどこまで考えてるんだろう。
何を考えてるんだろう。



「今夜部長に無理矢理ホテル誘われてたよね？断りきれなかったの？」
「盗み聞きは趣味悪いですよ」
「ごめん、そんな気はなかったんだけど…通りかかった時、偶然に言い寄られてる所を見ちゃって」
「…、」
「……部長からのキス断ってたのに、抱かれるの？」
「好きな人としかキスしないから」
「じゃあ、何で…」
「…でも覚悟を決めたってとこかな、」



北山さんの表情は釘付けになる程、儚さを纏っていた。ドアが小さく揺れる。

45 M→←43 M

→ 目次へ｜作品を作る｜感想を書く
他の作品を探す