今夜君が欲しい【前編】

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一本締めを終え、解散の音頭がかかった後、ガヤはトイレへ行ってくると、席を離れた。


俺は部長に挨拶をする名目で、北山さんに近づく。
部長は本日の主役たちと話しているから、先に北山さんに接触した。



「北山さん、お疲れ様です」
「玉森さん、お疲れ様です」


互いに挨拶を交わし、不穏な空気が包んだ。



「北山さん、飲まれました？」
「はい。玉森さんも飲まれましたか？」



当たり障りのない会話を二三繰り広げ、早速本題に口火を切ったのは俺だった。



「そのジャケット、ガヤに返しておきます」
「…あ、ありがとうございます」


俺の言葉に一瞬、目を泳がせた後、名残惜しそうに、そのネイビーのスーツジャケットを脱ぐ北山さん。



「酔いが回ってトイレで座り込んでた所を藤ヶ谷が助けてくれたんです。僕、酔うと冷える癖に...ジャケット此処に置いてきちゃってたから」



聞きもしないのに、話し出す北山さんは俺とガヤの関係を気付いてるかの様にも思えた。



…そんな理由だったんだ、モヤモヤしてた感情がスーッと多少は落ち着いていくのを感じた。




「藤ヶ谷に返す時、御礼を伝えておいて貰ってもいいですか？」
「もちろん、伝えます」



…なんだ。
北山さん、いい人そう。
素直に、俺にジャケットを笑顔で渡してきたし。



「部長っ！玉森さんが挨拶に来てますよー」



部長の腕を引き、俺の事を伝えてくれた。
北山さんに言われたら、部長も大人しく俺の方を向くと「玉森、いつもありがとう。来年度も宜しく頼む」と労った。



…北山さん、ホントはいい人なのかもしれない。
ガヤにとっての要注意人物と言うのは変わりないけど。



想像してたよりは。
こんなオッサンの愛人になる様な人だ。
イケメンなガヤより金持ちの部長の方がいいに決まってる。



心配して損したわ。



トイレから戻ってきたガヤにスーツジャケットを返すと、ガヤも普通に「ありがとう」と受け取ったし。



ダメだな、俺。
ガヤの事となると変な妄想を働かせ善からぬ方へと考えてしまう事はこれまでも多々あった。



全てが杞憂だった。
だから、今回もそんな所だったんだ、と思った。



「あー、ガヤ。酔ってた北山さんにジャケット貸してあげたこと、北山さん御礼言ってたよ。」
「…北山がそう言ってたの？」
「うん。寒がる自分に偶然貸してくれたって」
「……そう」



だから、その表情に気づけなかった。
東京はビルに月さえも隠れ
帰り道、夜遅く暗闇だったから。

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