最低な日々に｜wtnb (ページ7)

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俺はその日の夜、伊沢さんにオフィスに残された。

俺達以外に社員さんはおらず、いつもの執務室が妙に広く感じられた。

「こうちゃん、朝の話なんだけどさ」

そう言って、伊沢さんはぽつりぽつりとAさんのことを話し始めた。

Aさんが彼氏から暴力を受けていること。

逃れようとする度、それが酷くなっていること。

だからもう逃げられないこと。

「こうちゃんが、本当にAの事が好きなら、救ってやってほしい。俺は何でもする。もう、Aが傷つけられるのは見たくない。」

「……伊沢さんは、Aさんのこと好きなんですか？」

俺は思い切ってそう聞いた。

「ただの先輩後輩だよ。でも…」

「でも…？」

「俺の幼なじみにも、親から暴力受けてた奴がいたから、同じようになってほしくないんだよ。……飛び降りるとか、さ。」

伊沢さんはふっと、目線を夜景へ向けた。

俺は何も言えず、同じように夜景に目を向けた。

誰かの生活の数だけ、明かりは灯る。

その影に隠れた誰かの苦しみや悲しみにさえ気付けないで、俺たちは笑って暮らしている。
呑気に、幸せに。

マーク・トウェインの

〈誰もが月であり、決して誰にも見せない暗い側面を持っている。〉

そんな言葉をふと思い出した。