ノクターン

#5 ページ5

.



緑「誰かのお見舞いに来たんやろ？」




頬杖を付きながら彼はわたしに言った。




貴「あー、まぁ……」




緑「なんや、言いたいことあるなら、ちゃんと伝えといたほうがいいで」



それはきっと、お見舞いに来た人にということだろう。




貴「違うんです。学校の先輩で、神山先輩っていう人がいて。その人に会いたくて来たんです」





はは、と乾いた笑いを作ると彼はさっきよりもさらに寂しげな目をしていた。




緑「……なんで会いたいん？」





貴「神山先輩のピアノを聴いたんです。ショパンのノクターン。それ、わたしの思い出の曲で。しかもその曲聴いて、そのときストレスで偏頭痛と貧血がひどかったんですけど、それも治って。だから、もう一度聴かせて欲しい、あなたのピアノの音色に感謝してますって伝えたくて」





緑「……よっぽど、上手やったんやね、その人」





貴「すっごく上手でした。でも、神山先輩は病気で弾けなくなっちゃったんですって。わたし、濱ちゃんから、あ、濱ちゃんって、保健室の先生なんですけど、その話聞いて助けてあげられたらって思って病院来たんですけど、(笑)」





緑「……行ってないん？」






貴「わたしが一方的にですし、初対面ですし、迷惑かなって思って帰ろうとしてたら……」





ここにきて初めて彼の名前を知らないことに気がついた。



そして、彼もわたしが名前を知りたがってることに気づいたらしい。



緑「ともひろ、って言うねん。ともって呼んでくれたらええわ」





貴「とも、……さんに出会ったってわけです」





緑「それは偶然やなぁ、あんなぁ、俺も西高通っててん、制服が懐かしくて思わず声かけてしもてん」




そう言ったともさんの笑顔はどこまでも明るくてどこまでも切なかった。



.

#6【side green】→←#4

→ 目次へ｜作品を作る｜感想を書く
他の作品を探す