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聞いた事もない声に身が強張る。
頭を上げよう……としたが痛いから無理で、視線だけを上に滑らせ上目遣いという形で声の主を捉えた。
「向こうのトイレ、落書きが凄くて汚いんだよね。インク臭いし」
「……」
「だからこっちのトイレ借りるね〜」
そうめちゃくちゃな言葉を並べて、個室のトイレに入っていったのは見知らぬ男だった。
声も低くないし、真っ赤なパーカーのフードを被っていた為よく顔は見えなかったが、ちらりと見えた喉仏で男だと分かった。
それに―――…
「………」
個室の扉を閉めないが為に丸見えな性器が、こいつが男であるとダイレクトに伝えてきた。
……
……いや、扉閉めろよ!
この位置からじゃ丁度視界に入るんだよ!!
変質者かこいつ!!
初めてちゃんと見た男のそれに目眩がする。驚きでバクバクと心臓が脈打つ。
バチっ、と。そんなものを見続ける趣味なんてない私は思いっきり目を瞑り世界を遮断した。
「〜〜♪〜♪」
不意に聞こえてくる鼻歌。男が歌っているんだ。視界が暗くなった事で敏感になった聴覚に、それがやけにクリアに流れ込む。
(なんつーか…)
よく歌えるなぁ、こんな時に。普通、血だらけの女がいたら「大丈夫?」とか聞かないかな?
……聞かないか。
この街は、幾多の人間が暴れ狂う修羅の街。
喧嘩なんて、そんなの日常茶飯事だもんね。
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作者名:夢乃 | 作成日時:2014年9月12日 20時