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あぁ、来てしまった。
バスの到着、それは私と及川の分かれの始まりを意味していた。
……嫌だなぁ。
｢……バス、来なかったらよかったのに｣
独り言のような独白が及川に届いたかはわからない。彼はまたへらっと笑って｢寒かったねえ｣バスの一番後ろの座席に座った。
私もそれに倣って及川の隣に腰掛ける。と、
｢A、｣
その声に、名前を呼ばれるだけで、自分の名前がまるで特別できらきらと輝いているもののように感じてしまうのだから、もうどうしようもなく重症だと思う。
｢……なに？｣
｢お前、いつまで俺のこと待つの？｣
いつまで。
それは、私が及川の帰りをバス停で待つ期間のことだろうか。それとも、私が及川が振り向いてくれるまで待つ期間のことだろうか。
多分及川はわかってて、どちらもの意味を孕ませて私に聞いたのだろう。
ゆらり、薄茶色の瞳が好戦的に揺れる。
｢待ってるよ、ずっと｣
口をついて出た声は、思いの外無機質で無愛想なものだった。が、大抵いつもそうなので気にしない。
一瞬及川の目が悲しそうに、憐れむように細められたが、それも気にしない。
いつもそうだ。
｢……お前ほんと、趣味悪いよ｣
｢及川だって趣味悪い。いつも彼女にする女の子は化粧が濃くて、これ見よがしに短いスカートとか履いて、挙句の果てに振られてるじゃん｣
｢あからさまなのがいいんじゃん。あといつも振られてるんじゃないから！｣
あからさまがいいなら、私でもいいじゃないか。
こんなに及川への好意があからさまな女なんて、私くらいだ。
じ、っと及川の端正な顔を見つめる。が、やっぱり及川はへらりと笑うだけだった。つかめない男。
それから私の最寄りのバス停に着くまで、私達は一言も言葉を交わさなかった。
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作者名：彗 | 作成日時：2019年4月26日 13時
