【文スト】この世界で生きるのは不可能という結論が出ました 7

二百八十八話 ［犬喧嘩］ ページ40

すんでの所で立原は、振るわれたナイフを避けた。
だが、避けきれなかった先端が、立原の鼻の上をかすめた。



「ッ、それ…金属じゃねぇな…！」



「正解」



立原がAの首を掴もうと手を伸ばす。
だが、彼女はまるで猫のようにそれを避けると、後方に飛び退いた。



「嫌なモン仕込んでやがるな…」



「猟犬に太宰さんが逮捕される直前、渡された非金属のナイフだ。
金属の物より殺傷性には欠けるが…"金属操作"の異能者相手には効果がある」



Aの手に握られている小さなナイフは、特殊な方法で作られた非金属のナイフ。
故に立原の異能は発動されない。
だが、それだけで勝てるほど猟犬は甘くない。



「…猟犬相手に勝てると思ってんのか」



立原の脅しは最もだ。
身体強化が弱いとはいえ立原は猟犬。
まともにやりあって勝てる相手ではない。
だが、彼女はなぜか。



「…その台詞、そっくりそのままお返ししよう」



己の顔を押さえて、笑っていた。
それは嘲笑と云うより、追い込まれた状況で必死に精神を安定させようとしているようでもあった。
まるで、なにかを覚悟するように。



「…『異能発動を禁ずる』」



「！！」



瞬間、立原は己の異能が切断されるような感覚を覚えた。
箱に閉じ込められたような、そんな感覚。



「お前、あの時みてぇに…なにしやがった！」



立原はその顔に焦りを浮かばせて叫ぶ。
だが、Aにとってはそれどころでは無かった。



『あぁ、痛い、頭が割れそうだ』



異能発動による激しい頭痛と吐き気。
襲いくる発動の代償に倒れそうになる。



『"…だからどうした"』



私がここで倒れたら、仲間に危険が及ぶ。
足に力を入れろ、ふらつくな、目の前を睨め。



「異能を操った、ただそれだけだ」



少女は、額に汗を浮かべて不適に笑った。








柔らかな風が頬を撫で、赤い彼岸花達が揺れる。
とうの昔に主人を失ったその場所には、林檎と花束が置かれていた。



「…」



雪のように白い手が、熟して甘い香りを漂わせている林檎に触れる。
その側には、萎れた花束が。



「…百合の花」



サァ、と火薬の匂いを含んだ風が吹いた。
その人物は、まるで判っていたように天空を見つめる。
その先にあるだろう、なにかを。



「悪い子」



赤い唇が、真っ赤な林檎にキスをする。



「お仕置きが必要ですねぇ」



瞬間、ぐしゃりと林檎が床に落ちる。
木に止まっていた小鳥が、一斉に飛び去った。

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