【文スト】この世界で生きるのは不可能という結論が出ました

二話 ［出会いと名前とは］ ページ4

「…中島…敦…？」



告げられた少年の名前にAは訝しげな声を上げた。
他者を疑う時の自分の人相があまり良くない事は分かっているが
それどころではなかった。



「…偶然？」



中島敦。
その名前はよく知ってる。



「え…なんで…？」



「中島敦って…その名前は…」



その名前は文豪の名前だ。
中島敦、昭和生まれの小説家。
才能に溢れ、生前に書いた作品は全て読んだ。



「僕…孤児院育ちだから…」



「…そう」



デリケートな部分を思いっきり抉ってしまった。
面倒だと思ったが、彼は悪くない。
なんとかフォローしなくては。



「私も両親、死んでて居ないから」



冷たい声で告げれば、彼は息を飲む。
やってしまったと思うが、今更戻ろうとも思わない。



「そう、なんだ…大変だったね…」



同情するような視線に、居心地の悪さを感じてしまった。
彼も辛い立場だというのに。



「…名前は偶然か」



「ん？何かいった？」



「なんでもない、気にしなくていい」



「う、うん…えっと…小泉さん」



「Aでいい。私も敦って呼ぶから」



「…Aちゃん？」



「うん、それがいい」



久しぶりに身内以外に名前を呼ばれた気がする。
なんとなく嬉しさが胸に馴染む。
でも、



『…この人も私なんて理解できない』



心の何処かでそう思ってしまう自分の存在に気づいていた。
植え付けられた記憶が耳元で囁く。
…でも、だからといって全てを疑うのは嫌だった。



「理解者がいてくれるといいな…」



「A、ちゃん？」



敦が心配そうに覗き込んできた。
朝焼け色の目と合う。



「なんでもない」



とりあえず立ち上がって辺りを見渡した。
見たこともない風景。
ここが現実世界だとしたら自分はどうしてここにいるのか。
あそこから落ちて何故見たこともない所にいるのか。



「…ここって何処かわかる？」



「え？ここ？」



「少し…記憶が曖昧なの」



曖昧どころかはっきりしているが
ここでもし階段から落ちて目が覚めたらここにいたなんて言ったら
それこそ頭の心配をされるだろう。
しかし次の言葉は彼女が予想していないものだった。



「ここはヨコハマだよ」



「横浜…？」



「そう、ヨコハマ」



「…は？」



この言葉の後、Aはたっぷり60秒フリーズすることになる。

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