短編集。2

夏の始まり。 ページ8

考査の結果が、出た。




数学は、1位をキープ。英理社の暗記系も、そこそこの成績。この4科は、悩んでいないけど。




国語。




之ばかりは、どうにも 苦手なままで。




覚えるだけの漢字と文法は、全問正解。問題文と原稿用紙のルールだけ気にすればいい 作文も、減点はされていない。
有名な小説家や、詩人に関する知識を問う問題も、当然 ノーミス。




減点対象は全て、4月の頭から 散々問題を解いて、対策を立てた文章読解で。




之以上、どう 努力しろ、って言うんだよ……。






「何 落ち込んでんの、上杉教授」






音楽室へ移動する為、廊下を歩いていた俺。




……顔に出てたか?




そんな自覚はなく、思わず 黒木を仰ぎ見る。驚きと尊敬の、気持ちを込めながら。






「いや、勘」






尊敬した時間を、返してほしい。




一度 漆黒の瞳を睨んでから、歩みを止めていた両足を、止める前より 速く動かす。




探りの台詞に 引っかかってしまった己。
淡々と探れる黒木と、砂原にバレてしまう自分との 実力差。




細かな事に苛立つ 自身にも、怒りを覚える。







「怒んなよ、上杉」






余裕そうな 艶やかな笑みに、俺の中にある 感情という名の箱が、蓋を開けてしまって。






「努力が報われない 悔しさ、
　お前には、理解 できねぇだろうな」






八つ当たり。




ダサい、って わかってる。黒木は関係ない事も。でも、止めらんなかった。






「……できる物なら したいね、努力」






ふい と、普段より 力が入った背を向け、立ち去って行く。その黒木が纏う 異様な空気を察した生徒が、次々に道を譲る光景。




完璧、怒らせたな。




周囲の視線が 黒木に集まっている間に、足を動かす。チャイムが鳴るまでは、残り1分。




遅刻を避けたいのもあるけれど、黒木貴和の怒る相手が 上杉和典だ と、特定される前に、この場を立ち去りたい。




考査の結果が出たばかりで、今でも、廊下を通る度に 様々な眼差しと言葉が飛んで来る。




この現状でさえ 憂鬱なのに、黒木を怒らせたと知られたら、更に面倒だ。それは 回避したい。




音楽室の重い扉を開け、勢い良く 椅子に座る。






「おっ、間に合った」






チャイムの一瞬前に 着席した俺へ、クラスメートが笑って、拍手を始める。
俺は、バイオリンの時の お辞儀を返す。






「じゃ、始めるぞー」


「上杉の パクろうぜ!」






全員が執事になって、授業が始まった。

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