223: 歌を忘れた金糸雀 ページ13
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「辛いのね…」
智の顔色を見ていた和子さんが、ぽつりと呟いた。
「辛そうに、見えますか…？」
彼女は智から目線を外してほんの少し躊躇い、顔を上げた。
その瞳が哀しげに見えて、どきりとした。
「…歌わないもの」
…え？
「喉が痛いのかしらね…。歌う気分じゃ無い…？」
智の口が小さくわなないたのを見た彼女は、
それ以上の問いかけをやめて智の後ろ髪を手で優しく梳いた。
答えられない質問は智の負担になると思ったんだろう。
ウロウロと視線を彷徨わせる智に彼女は、
猫に呼びかけるようにチチ…と口を鳴らして視線を合わせた。
俺がたまにする智の呼び方だ。
以前、庭で猫を見かけて口を鳴らしたら、
智も猫もパッと振り向いて俺を見た。
興味津々で見つめ返す瞳が可愛くて、それ以来たまにする。
天使を猫扱いするわけじゃないけどさ、
俺を見てくれるのは嬉しい。
『猫じゃないんだから』と、一度は和子さんにたしなめられた。
でも逃げ回る視線を捉えるのには効果があることを、
彼女も判ったみたいで、俺を見て少し照れ臭そうに笑った。
でも俺は笑い返せなかった。
和子さんは柔らかな声で歌い始めた。
智の歌を促すように。
彼が初めて彼女に贈った歌だ。
確か旦那さんとの思い出の歌だと言っていた。
さっきの映像の中でも旦那さんと一緒に歌って…。
…ああ、そうか。
旦那さんを失ってから智に歌を贈られるまで、
彼女はこの歌を歌うことができなくなっていたんだね。
何故かそれが判った。
智の歌が、止まった彼女の時間を進めたのか…。
歌う彼女を夢見るような表情で見ていた智は、
ほんの少し口元を緩めた。
ぽかりと口が開いて、口角が僅かに上がって…。
そして、一瞬俺に視線を寄越してゆっくり瞬きをすると、
前歯で小さく下唇を噛んでから口をキュッと結び、目を逸らした。
そんな智を見て、和子さんは歌うのをやめた。
歌を。
「早く治るといいわね」
歌わない。
「…、そう、ですね…」
「元気になったら一緒にお歌を歌いましょうね…？」
和子さんが指先で智の頬を軽く撫で上げる。
くすぐったそうに身を軽くよじった智は、
それでもただ彼女を見つめるばかりだった。
『ん』も『や』も言わない。
歌うたいの天使が、歌わない。
そのことに今初めて気が付いた俺は、愕然としていた。
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224: 俺たちの歌［20170208up］→←222: 消滅の恐怖［20170207up］
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のん(プロフ) - はじめまして。ここ数日でここまで読ませていただきました。お話も文章も、とても素敵で心に染み入ります。ご家族の事、ご心労絶えないとは思いますが、ゆっくりでも前を向けますように。mogさんも、潤くんも…。次の更新を心待ちにしています。 (2017年11月27日 13時) (
レス) id: 4c34de8b60 (このIDを非表示/違反報告)
mog(プロフ) - 豆しばさん» 豆しばさん、お返事遅くなりました。優しいお言葉嬉しいです。心から、ありがとうございますと言わせてくださいね。のびのび歌えるさと天使を私も待っています。頑張りますね！ (2017年2月17日 6時) (レス) id: 4a95c6ffde (このIDを非表示/違反報告)
豆しば(プロフ) - mogさん» mogさんお返事ありがとうございます。さと天使に歌わせてあげたい気持ちと、今は歌わないでと願う気持ちと入り乱れて、ふたりの気持ちを思うと切なくて。胸がぎゅうぎゅういってます。どんなにゆっくりでも、いつも楽しみにお話の続きを待っています(^-^) (2017年2月8日 23時) (レス) id: ee15ee3d5e (このIDを非表示/違反報告)
mog(プロフ) - 豆しばさん» 豆しばさんコメントありがとうございます！なかなか進まない物語なのでご心配をおかけしていますね。彼らに寄り添って見守って頂けてとても嬉しいです。ありがとうございます！彼らの間の行き違いがどうなるか、今しばらくお待ちいただくようになります。がんばります！ (2017年2月8日 23時) (レス) id: 4a95c6ffde (このIDを非表示/違反報告)
豆しば(プロフ) - 天使は、じゅんくんは、どうなっちゃうんでしょう？ 心配でなりません。成瀬さんは助けに来てくれないかな？ ふたりまとめて、ぎゅっとしてくるないかな。とか、我が儘なことを思ってしまいます。心配なく、思いきり歌を唄えるようになりますように！ (2017年2月8日 17時) (レス) id: ee15ee3d5e (このIDを非表示/違反報告)
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作者名：mog
| 作者ホームページ：http://uranai.nosv.org/personal.php?t=mog
作成日時：2016年11月22日 17時
