#25 balmy ページ25
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それから永瀬くんは週に一度程のペースで
夜のパン屋に現れるようになった。
正確には、路地裏の自動販売機の横に。
だいたい学校を欠席するのが
週に一、二度あるかないかまでに減った彼は
週末にひょこっと顔を出してノートを借りていき
週始めになると、ふとした瞬間に
ごく自然にさりげなく私の机の上に
ノートを滑り込ませるように置いていく。
手元に返ってくる度に微かに香る永瀬くんの匂いは
なんだか、とても落ち着く。
そんなやりとりが繰り返されるだけで
2人の間で会話なんてほとんど交わされていないのに
気づけば板書を丁寧に書き写すようになったり
バイト後に路地裏を覗くのが楽しみになったり
ノートに勝手に書き込まれた下手くそな絵に笑ったり
少しずつ色が足されて変化していく日常が
新鮮で、幸せで、楽しかった。
永瀬くんのことを知ろうともしなかった
少し前までの自分に教えたら驚くだろうな。
あとわずか半年も残されていない私の高校生活の中に
永瀬くんが存在していて、それを嬉しいと感じていて
卒業することを惜しいとさえ思っているなんて。
平凡なようで特別な日々。
いつか終わりがくるとわかっていても
そんな時間がずっと続けばいいと
心のどこかで願っていた。
だけど、��この先もずっと��なんて疎か
卒業までという決して長くはない半年程の時間でさえ
穏やかな日常が続くはずがなかったんだ。
忘れていた。
私と彼の生きる世界は
同じであって、別々であるということを。
��あたりまえ��や��普通��が奪われていく
時に理不尽に残酷な刃を向けられる
カラフルでありながら邪悪な色が紛れた窮屈な世界。
彼がいるのは、そんな場所であるということを。
浮かれていた。
空にぷかぷかと浮かぶ雲の上にいつか乗れると
信じて疑わなかった幼い子供の頃のように
仮にそこへ飛び込みでもすれば
何も支えてくれるものなんてなく
ただ真っ逆さまに落ちてしまうなんて
目の前の喜楽に囚われて
そんなこと考えもしなかった。
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作者名：N | 作成日時：2020年9月16日 11時
