atosaki 43 ページ43
【yugo】
キッチンから軽快な包丁の音がする。たまーに物騒な音もしたけれど、気にしないでおく。
「はい完成」
あっという間に並べられたおつまみ。居酒屋にでも来たかと錯覚するくらい。
「さっき聴こえた豪快な音は・・・」
「あーこれかな?きゅうり」
塩昆布とゴマ油入れてぶっ叩くだけでおつまみになるんだよって。
「もしかして毎日こーやって晩酌してる系?」
「うーん、ひとりでは滅多にしないかな」
「そう?それにしてはおつまみのバリエーションが」
ちょっと考えるような表情をしたAちゃん。少しの沈黙の後で。
「高校生の頃、よくお父さんに作ってあげてたから」
お母さん、震災で亡くなっちゃったの。
ー「家族も男性だけだし」
ー「大事な人が突然居なくなる気持ちは解る」
・・・そういうことか。
「ピザ冷めちゃうし、食べよ?」
重くなった空気を取り払うような声。
この前は俺がいっぱいいっぱいで。話を聴いてあげる余裕なんかこれっぽっちもなかったけれど。
「うん、食べよ」
今なら多分、話ならいくらでも聴けるけれども・・・Aちゃんが言いたくないなら訊かないでおこう。
「あのさ」
人間だから、誰しもいろいろあるモノだけれども。
「あんまりひとりで抱え込むなよ」
「・・・うん」
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「あー食った食った」
「オッサンかよ」
「どーせ女子力足りませんよーだ」
いや、家事全般バッチリってだけで充分すぎるだろ。
そしてこの無自覚娘はというと。酔うと距離感バカになるらしく。
「つかさあ」
「はひ?」
腹いっぱいだと言いながら、俺に寄りかかって醤油煎餅を齧りつつ
「俺の前で俺を見るの止めて」
初めて買ったんだというアイドル誌を眺めているのだけれど。いやもう、クソ恥ずかしいったらありゃしない。
「こーちさんってカッコつけてもあまり変わらないね」
「・・・それは褒めてる?それとも貶してる?」
「どっちだろうね」
ニヤニヤするAちゃん。やっぱりこの子はタチが悪い。冗談抜きで襲ってやろーか。
「逆に先輩はカッコつけすぎだよね?」
「そういうキャラじゃん」
「うーんイメージ違うなあ」
「健人って大学でもこんな感じじゃなかったの?」
「人目があればそうかもね。でも授業中とかは酷かったよ。オフすぎて白目!みたいな」
「マジかよ」
こんな感じって変顔をかますAちゃん。
「あっ!おい!!」
「ん?」
「俺の顔(の写真)に煎餅のカスこぼすな!!!」
・・・長い夜はこれから。
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作者名:tamami | 作成日時:2020年4月21日 10時