おいで、俺んとこ。【永瀬廉】

#31 ダメになる合言葉 ページ31

学校どころか家ですら滅多に笑わないのに、まさかの電車の中、永瀬くんの隣。

その事実に自分でも驚きながら、羞恥に駆られて思わず手で顔を覆った。


「隠さんでよ、もっと見して」


不意に、彼に掴まれた両手首。
…こんなことされたら、尚更この手をどけられない。


「やっ…あの、見せるようなもんじゃ」


「見せるもんや、笑顔ってのは」


彼が手首同士をグイ、と開いて私の顔を覗き込む頃には、笑顔なんてすっかり消えていた。

代わりに露わになったのは、ほんのり色づいた赤い顔。


「なぁ。こっち見て？」


恥を耐え忍んでぎゅっと左下を見据えていた私の視線は、その一言でゆっくりと前を向かされた。

バチリと合う綺麗な彼の目。
濃く刻まれた二重のラインと、至近距離で見る下睫毛。

…わ、なんかもう。ちょっと泣きそう。


「…うん。何ていうか…その、変な意味じゃなくてよ？」


ジリリリ、と手首と手首を無意識に近づけてしまうけれど、またそれが彼の手によって阻止される。

こんな人とこんなに目を合わせてたら、私もう、色々とダメになる。





「普通に、かわええよ。Aちゃんの笑顔」





________あ。ダメになった。


ぼぼぼ。凄い勢いで広がっていく顔の熱。

満足気にふっと彼が手を離した途端、私の両手は稀に見る急スピードでまた顔を覆った。


「…耳、」


「いやっ、それはその…あ……すみません」


「はは、なんで謝るん」


彼に言われなくとも、この熱が一瞬にして耳先まで広がってしまったのは嫌でも分かっていた。

だから、両手は顔から両耳へ。
そして顎がぶつかってしまうまで、首の角度は直角へ。

もうこの赤面はバレているみたいだけど、今はとにかく蹲りたい。

だって、恥ずかしすぎる。
ただでさえ自分の表情を見られるのが恥ずかしいのに、こんな姿を見られているなんて。


「うーん。笑うだけでそんな恥ずかしがる？」


…違う、そうじゃない。
いや、それもあるけど。
そうじゃないんだよ、永瀬くん。


「Aちゃんって転校してきたんしょ？訳ありかもしれへんけど」


“かわいい”なんて言葉に、こっちは慣れてないんだよ。

今まで一度も、言われたことがないんだもの。


「おれはAちゃんが笑ってても泣いてても怒ってても、面白がったりせんよ。嫌ったりもせん。あとー…それから」



……ほら、こんなことも。

きっと初めて言われる、言葉だから。



「________絶対離れへん。おれは」

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