おいで、俺んとこ。【永瀬廉】

#1 春は嫌いだ ページ1

「あ…えと……これから、よろしくお願いします」


やっぱり、春は嫌いだ。

席を立って、1人ずつのご挨拶。
高3にもなって、こんなことやらせる教師。
ほんと、何なんだろう。


友達を作らなきゃ“いけない”みたいな、この風潮。

人と話すのが苦手…いや、むしろ人が苦手な私にとって、この上ない苦痛。

それに今年の春は、いつもの春より気が滅入る特別な事情を抱えている。



…転校した。



高3になって、今更。違う高校に。
きっかけは色々ある。

その色々を思い出すのは…また、いつか。
そんなブラックな話じゃないけど、別にわざわざ好き好んで話すようなことでもない。


ただ1つ言えるのは、この春からマンションで一人暮らしを始めたということ。
それから困ったことに、お隣さんがいないということ。

…いや、お隣さんがいないのは、人嫌いな私にとってはちょっとラッキー。

でも違う。いないと言っても、住んでいないわけじゃない。

引っ越して、お隣さんにご挨拶…と思ってピンポンしたけど、何故かいつもいないのだ。

朝も昼も夜も、ずーっといない。
変な人じゃないといいけど。


それより今は、昨日見つけたお気に入りの「ぼっちスペース」で昼食を取ることにしよう。

校舎裏の、手入れされていない雑草だらけのこのお庭。

こんな所にわざわざ来る生徒は、いないだろうし。
幅70cmくらいのコンクリート床にちょこんと体育座りすれば、廊下の窓からも私の姿は見えないし。


…だけど、生徒“以外”のお客さんは来るみたい。

昨日ここに顔を出した猫くんは、今日も来るだろうか。
私のおにぎりの中の鮭を見て、にゃあにゃあ鳴いてた茶トラ猫。

名前は勝手につけておいた。コタロー、って。


「なぁ」


声が聞こえた。

けど、“にゃあ”じゃない。
頭上の開いている窓から聞こえてきた、どっかの誰かさんの声。

私にはまるで無関係な声だ。


「なぁって」


__________無関係だ。


そう思って、思い込んで、今朝握ってきたおにぎりをパクリ。今日の具は梅干しにした。


「聞こえとる？そこの猫好きさん」


「え」


「何しとるん、そんなとこで」


まさか、と思って上を見たら、両腕を組んで窓のサッシから顔を出している男の子。


その途端、酸っぱいはずの梅干しが味を失くした。

#2 窓際の春風→

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