あの夏の過ち。〈降谷零〉 (ページ40)

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本当はページ40

どくりどくりと指先の血が引いていくような感覚。

冷たい。怖い。緊張。耳を塞いでしまいたい。

あー、寒いなぁ。顔が冷たいや。そんなことを考えるのはたぶん現実逃避か。

「家、こっちだっけ？」

「え、あ…うん」

それなのに諸伏くんは至って普通で。

待っていた質問の答えではない返答に拍子抜けして、すぐに「なんでだろうなー」と間延びした諸伏くんの声に再び拍子抜けした。

「顔…てか、表情、かなぁ」

「…表情？」

「んー…なんていうか…ゼロの話してるときの吉岡、なんかキラキラしてるんだよ」

わははと白い息を吐き出す諸伏くんに目を細めた。

「学校でさ、何回か吉岡がゼロのこと見てるの、見かけたことあるんだけど、」

憧れとか尊敬の枠で収まる感じには見えなかったなぁって。

諸伏くんの言葉が風に乗って鼓膜を揺らした。いっそ風に攫われてくれたらよかったのに。

「…ごめん。俺の勝手な勘違いだよな」

いつの間にか隣に並んだ諸伏くんの歩幅はゆったりと私に合わせてくれていた。

相変わらずコンビニの袋はガサガサうるさいけれど心地よかった。

…諸伏くんだけじゃない。

『Aはフルヤくんのこと男として好きなんだよ』

頭の中で彼女は確信的な笑みを浮かべた。

彼女に告げられたあの時。すぐに否定の言葉が出たのは悟られないためだった。

ああ、そうなのかもしれない。などと一瞬でも思った自分をも否定したかった。

「諸伏くん。たぶん、勘違いじゃないと思う」

「えっ」

足元を見ているから諸伏くんがどんな顔をしているのかはわからない。

「でも、それは降谷くんに失礼だと思うんだ」

引け目を感じるのだ。月とすっぽん。雲泥。提灯に釣り鐘。

母親の敷いたレールのまま行き着いた先はこんな私。

客観的に見ればグレて夜遊びをするようになった典型的な落ちこぼれ。

「降谷くんみたいな素晴らしい人、私が好きになっちゃダメだよ」

ずっと気づかないふりをして、憧れなら、尊敬なら、許されるような気がした。

言い聞かせて、そのうち本当にそう思い込めた。

「吉岡には吉岡の考えがあると思うけどさ」

いつの間にか家の前まで来ていた。

「ゼロは神様じゃないよ」

「…知ってるよ」

それでも私にとっては神様みたいな人なんだよ。

くるりと踵を返した諸伏くんの背中を見つめる。

「俺らと変わんない、たぶん好きな人もいる…ただの俺の親友だよ」