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その日の帰り道。
今日はヤスくんと会う約束はしてないから、スーパーでお惣菜でも買って帰ろう。
先輩から押し付けられた資料の山を片付けたご褒美に、といつもとは違うちょっと高めのスーパーに行く為、普段は乗らない電車に乗り込む。
『三番線に電車が参ります』
アナウンスが流れて、心地のいいメロディが耳を掠めた。
目の前の扉がプシューと機械音を鳴らしながら開いて、出る人たちを待ってから中に入り込む。
帰宅ラッシュではないこの時間帯の電車は、それでも座れるところがないくらいには混んでいた。
真上にある吊革に捕まって、最寄りの駅まで窓の外を見て時間をつぶす。
今日のお惣菜は何にしようかな、なんて呑気なことを考えてたとき、
｢ひさしぶり｣
わたしの肩を叩きながら、横に並ぶようにして立った男の声に、わたしは覚えがあった。
吊革に捕まるその手も、
隣に並んだ時のお互いの肩の位置も、
微かに香る洗剤の匂いも、
何もかも、全てに覚えがあった。
それはわたしの中の暗い部分に閉じ込めていたはずの、その人そのもので
わたしは、何も言えずに、ただじっと外を見ていた。
｢いや〜若い時に子供作っても、やっぱ上手くいかないもんだな｣
｢…………｣
｢選ぶ方を、俺は間違えたんだ。お前を、Aを、選ぶべきだった。｣
あの時はごめん、話があるんだ。これから時間作ってくれ。
今までにない、見たことないような真剣な顔が、窓に反射していた。
わたしの中の闇が、もぞもぞと顔を出す。
思い出したところで全然平気だったあの記憶たちは、本人を前にした途端、わたしをいとも簡単に脆くした。
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作者名：史帆 | 作成日時：2019年6月6日 22時
