ファン家のマンネは紅一点３ (ページ37)

今日:22 hit、昨日:40 hit、合計:313,034 hit

６ページ37

.

そう言ってうつむいたソクミナがぽろぽろと涙を流した。

すこし寝ぐせの着いた髪の毛を撫でてあげる。

こういう時、なんて言ってあげたらいいんだろう。
言葉を扱う仕事をしているくせに、実践では何の役にも立たない。

ふと暗闇に目が慣れたことに気付いて奥を見ると、まだ半分くらい夢見心地のハニちゃんが顔を起こしてこちらを見ていた。

口に人差し指をつけて「しー」っと合図を送れば、歪な空気に気付いて首を縦に降ろす。

「ねえ、A」

「なに？」

「こっちの耳も聞こえなくなったら、その時はどうしたらいい？」

持ち上がったソクミナの手が、両方の耳を覆った。

絶句とはこのことである。
初めの日はともかく、それからの毎日は穏やかすぎるほど穏やかに見えていた。

頭を撫でていた手を離し、代わりにソクミナの腕を優しく掴んで膝に下ろす。
自分もちゃんとソファに座りなおした。

何とかいつもと同じような声色を絞り出す。

「反対の耳も聞こえにくいの？」

「ううん」

「先生はなんて？」

「左右は別に考えて良いって。右が聞こえないからって、連鎖して同じように左も聞こえなくなるなんて事はないみたい」

「良かった」

「良くないよ」

「なんで？」

「そうならない保証はないじゃん」

「だからって……」

「でも、いつも考えてる。考えたくなくても、その可能性が頭の中をずっと回ってる」

ソクミナの顔はまるで夜を怖がる子供のようだった。

奥でハニちゃんが声を押し殺すように顔を枕に押し付けている。

「そんな悪い事、今から考えててもしょうがないよ。人間誰だって明日には何が起きるかわからないじゃん。私も明日車に轢かれて死ぬかもしれないし」

「そんな、」

「ありえないって思うでしょ？だから、もう一つの耳が聞こえなくなることも、ありえないって思ってていいんだよ」

「でも、」

「うるさい。良いからもう考えないで」

どれだけ強気で言ってみせてもソクミナが首を振るから、私は途方に暮れていた。

.