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腕を捕まれ強制連行されたまではいいものの、そこからが問題だった。黒服に先導され座ったのは店の奥の奥。隙を見て逃げることもできないようだ。
席についてすぐ俺らを挟むように隣に座った女の子。ユキと言うらしい。
この子が問題で、
｢お名前なんて言うんですか？｣
｢、重岡です｣
｢重岡さん！体鍛えたりしてるんですか？腕太ーい！かっこいい！あ、暑いですよね？ジャケット預かりますよ？｣
｢あ、はは、ありがとうございます……｣
こんな具合に、名前から会社、プライベートまで、余すことなく質問されて、普段こんな質問攻めに慣れていない俺は早々に疲れてしまった。
お酒も相まって猫なで声で擦り寄ってくるユキさんの問いにも上手く答えられず、思考がふわふわと緩み始める。そんな俺はユキさんには酔っ払ったように見えたらしく、｢重岡さん？大丈夫ですか、お水飲んでください、｣と心配された。
ユキさんも周りの女の子も可愛いけれど、俺のタイプはこういう子やない。もっとお淑やかで慎ましくて、向かい合ってご飯を食べるだけで、しあわせ、ってふんわり笑うような、そんな、清楚で可愛らしくて、優しい子。
流星には｢そんな子おらんねんから誰でもええけどはよ付き合えや？婚期逃すで｣ってよお言われるけど、俺は信じてる。いつか必ずタイプドンピシャな子が近くに現れて、俺と恋に落ちて、幸せな家庭を作る、はずだったのに。
｢ユキさん、次8卓です｣
｢あっ、わかりました！じゃあ重岡さん、またユキとお話してくださいね！｣
ニコッと笑って移動するユキさん、の後ろにつく、金髪の黒服。俺の視線に気づいたのか、こちらを一瞥してぺこりと会釈する。揺れる髪からのぞく耳元はピアスで溢れていて、一度も穴を開けたことのない俺の耳とは違い、興味をそそる。
｢すみません、あの、｣と声をかけると、はい、と無表情のままこちらへ来て、俺を見上げる顔。近くで見ると肌は白くツヤがあって、その目は長いまつ毛で縁取られている。口は小さく控えめで、上唇は綺麗なアーチを描く。
正直、ユキさんより可愛いと思った。
声をかけたくせ何も話さない俺を不審に思ったのか、眉をひそめて顔をのぞき込む黒服。
｢あの、名前、聞いてもいいですか｣
俺から名前を聞いたのは、23年の人生史上初めてのことだった。
fin
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作者名：朔太郎 | 作成日時：2022年12月10日 21時
