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「赤葦、どうしたの」
迂闊に手を伸ばしていたらしく 彼女が声を上げる。
その目はいつもと変わらない、優しい色をしていた。
「いや、なにも」
自分でも驚いた、無意識のうちの行動だったから。
暖かい日差しに騙されたように感じる。
……俺の意識が朦朧としていたせいなのかもしれない。
「春に誘惑でもされたの？」
にやりと口角を上げる浅倉を横目で見た。
「んなわけないだろ」
「そう？ 最近眠そうだし、ちゃんと寝てないんじゃない？」
なんでそれを、と溢れた言葉が彼女の耳に入ったらしく ぐっとネクタイを引っ張られる。
「なにして、」
「赤葦、無理しないで」
バランスを崩したせいで近づいた距離。
言葉とは裏腹に、その目はとても悲しそうで。
声も震えていたからなのか “ 俺だけを見ていてほしい ”だなんて歪んだ感情が溢れ出てきた。
彼女のシャンプーの匂いに頭がくらくらする。
「……してない、から。大丈夫」
やんわりと浅倉の肩を押すと、細い身体が離れた。
“ 大丈夫 ”は“ 心配して ”って意味だって、よく言うでしょ。
そう言った彼女は俺の目を見ない。
いつもだったら、こんなことはしなかっただろう。
相手の目をしっかり見て、逸らさせないような そんな力がある奴だから。
「俺は大丈夫。でも、アンタは？」
アンタこそ、なんか隠してる気がするんだけど。
その言葉は
「……うん、私も大丈夫」
浅倉の横顔はとても綺麗で 俺達が嘘を吐き続けているという事実を忘れてしまいそう。
空を掴んだ手が今更かじかんできた。
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作者名：モノクロ | 作成日時：2018年5月13日 23時
