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あさくら、と目の合った男の人の唇が動く。
浅倉。私の苗字ではあるけれど、彼が見ているのは違う人のような気がして目を逸らした。
通勤ラッシュで駅の構内も混雑している時間。
こんな時に人混みの中で立ち止まっていたら、迷惑になってしまう。
もう一度呼ばれたら、今度こそ振り向こうか。
「__浅倉!」
鼓膜を震わせた声にゆっくりと顔を上げる。
瞬いた私の視界に彼の顔が入った。
せみえいた。声には出さず、口の中でゆっくりと噛み砕く。
その名前は酷く懐かしいもので、私は彼の顔を見るまで高校三年の出来事をすっかり忘れていたらしい。
「えいた、くん」
久しぶりだね、そう続けようとした私の言葉を奪ったのは、彼の行動。
荷物を持っていた私の腕を掴んで、半ば強引に引き寄せて。
恋人同士でもないのに、駅の真ん中でこんなこと。
へんなの、と思ったけれど、私達は大概変だった。
「どうしたの」
「…………悪い、ほんの出来心だった」
ぱっと手を離した彼が頬を赤く染めて私から視線を逸らす。
私、まだ何も言ってないよ。
その意味を込めて英太くんを見上げていたけれど、彼は時間は大丈夫なのだろうか。
久々に見た瀬見英太はクリーニングしたてのスーツに身を包んでいて、なんだかそれがおかしい。
ぴかぴかに磨かれた革靴はその格好に合っているはずなのに、彼はどこかスーツに着られているみたいだった。
「時間は? 大丈夫なの?」
「……あー、まあ、うん」
「嘘つき、目逸らさないで」
「実はちょっとだけ急いでる」
「ならちゃんと仕事行きなよ。私は待つけど仕事は待ってくれないでしょ」
ばちり、英太くんと目が合う。
私を疑うような探るような瞳に思わず苦笑い。
「じゃあ、あの公園で待ってろ」
時間も何も決めず早口でそう言った彼は、私の頭を撫でると足早に去っていった。
「…………意気地なし」
自分に向けてなのか、彼に向けてなのか。
無意識に零した言葉は雑踏に飲み込まれてわからなくなった。
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つくね(プロフ) - コメント失礼致します!モノクロさんの書かれる小説が大好きなので、今回モノクロさんのオシャレな文体で推しの瀬見さんが読めて本当に嬉しいです…!これからも素敵な小説を期待しております、執筆頑張って下さい! (2018年11月5日 22時) (レス) id: 51dd67607c (このIDを非表示/違反報告)
モノクロ(プロフ) - 黒波さん» コメントありがとうございます!チッスチッス!この後のことは物語の二人のみぞ知る、みたいな感じにしたかった……。黒波氏の性癖に合うような小説を書けてよかったです!本当にありがとう!! (2018年10月27日 18時) (レス) id: 2266d5aa5e (このIDを非表示/違反報告)
黒波(プロフ) - コメント失礼します!チッス!今回もハチャメチャにものちゃんワールドが展開されていて性癖ドストライクでした。これからを連想させるような書き方をするものさんの作品が好きです。 (2018年10月27日 17時) (レス) id: 8d17606e29 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:モノクロ | 作者ホームページ:
作成日時:2018年10月27日 12時