人魚姫1 (ページ34)

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「まぁ好きって言うか、よく飲むんです。美味しいですよ」

彼はそれだけ言うと、じゃあ行きますねと付け加えて

「映画の感想は、明日にとっておきます」

そう言って私に会釈した。

『あ、はい。あの、じゃあ、また明日』

“ また明日 ”の言葉が、ただ単純に嬉しい。

明日、また彼と会える。

明日、彼は私に映画の感想を話してくれる。

“ 明日 ”という私と彼だけの約束ができた。

甘い香りに包まれた彼の優しい声、それがまだ、私の鼓膜を震わせてる。

彼の小さな背中が少しずつ遠くなっていくと同時に、私の胸には名前の知らない気持ちが、じんわりと広がっていった。

『ソメクかぁ…』

持っていたビールに視線を移した私は、誰にも聞こえない声で呟き、眉をひそめる。

私、彼にどのお酒がオススメかなんて聞いていない。

コウさんに頼まれてお酒を買いに来た話はしたけど、どのお酒を買えばいいのか迷ってるなんて言わなかった。

それなのに、彼は親切にソメクというお酒を薦めてくれた。

不思議。

彼は、もしかしたら超能力者なのかも。

きっと、テレパシーを使って私の心を読んだに違いない。

そんな風に考えて、ひとり心の中で笑う。

会計を済ませ自転車に乗り込んだ私は、店に帰るまでの途中、砂利道を走りながら『こんなに揺れたらきっとビールは泡だらけだな』とカゴの中のビニール袋を眺めた。