人魚姫1 (ページ17)

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走って、走って、

『っ、ゔっ』

視界が歪み、その場にうずくまった。

うるさいよ、この心臓。

ドクンドクンと強く脈打つ鼓動。

頭に浮かぶのは、さっきの人の顔。

あの透き通る声。

無邪気な笑顔。

綺麗な指先。

あぁ、ずるいな。

あんな風に、爽やかに自己紹介してくるんだもん。

『ビョン、ベクヒョン…』

確認するみたいな小さな声が、私の顔を染めてゆく。

素敵な名前だな。

なんて、無意識のうちに伸びていた私の鼻を、誰が引っ張った。

『っいでででで』

びっくりして立ち上がると、少し上の方から私を見下ろす瞳と視線が重なった。

「よぉ、ここで何してんだ？」

それは、懐かしい人。

『コウさん！！！！』

「飛びつくな、気持ち悪い」

嬉しくてコウさんの胸に抱きついた私は、怪訝そうな顔をされ、すぐに追い払われてしまった。

「まぁ、よく来たなここまで」

昔から変わらない静かな声。

『うん、今日からよろしくお願いします』

私は満面の笑みで言ったのに、コウさんは鼻で笑ってそれを返事とした。

コウさんは昔から私に冷たくて、すこぶる私に優しい人。

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「ここ、使え」

そう言って案内されたのは、小綺麗なアパート。

「俺が貸してるアパート。取り敢えず資金が貯まるまではここで暮らすんだな」

ほら、なんだかんだ優しい。

「当分家賃は払えないから目を瞑ってやるが、俺のビデオ屋でバイトして給料入ったら即払え、わかったか？」

淡々とした口調のコウさんに、今はただ感謝の言葉しか出てこない。

『ありがとうございます…』

深々と下げた私の頭を、コウさんは撫でるでもなく、クシャクシャとあったかい手でこねくり回した。

久々に触れる叔父の体温。

ふっと込み上げてきた熱い雫が、昔の思い出と共に流れ出した。