【アイナナ】vale5 (ページ23)

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ライブ終了後、店長に連れられて楽屋のドア前に来た。

着替え中だったら申し訳ない。
入ったら着替え中だったなんて漫画的ハプニングはいらない。

店長が中に入っていく様を見送って待つ。
少しして店長が出てきて、もう少し待っててと言われて頷いた。

しばらくすると大神くんが黒い鞄を持って出てくる。

不意に目が合った。

「A」
『大神く･･･』

声をかけようとしてピタッと止まる。
大神くんの後ろに、ドアを閉めてる千さんが視界に入ったからだ。

それに気づいたのか大神くんが眉を下げて困ったように笑う。

「久しぶり」
『ひ、久しぶり！あの、これ！』

千さんの存在に緊張しながらも、用意していた紙袋を差し出した。
大神くんは受け取ってくれてから中を覗き込む。

「ありがとう。俺と千に？」
『うん、バレンタイン』

大神くんが中に入ってる一箱を取り出して、袋を千さんに渡す。
千さんは何も言わずに袋を受け取ってくれた。

「ここ、チーズケーキで有名なとこのチョコだろ？」
『そう！去年気に入ってくれたみたいだったから。好きなのがこれ以外わからなくて』

柔らかな笑顔の大神くんに、ホッとして頷きながら返す。

だって、と言いながら千さんを振り向く大神くん。
千さんの表情が、さっきより明るくなったような気がするのは気のせいか。

「･･･はは、千、喜んでるよ」
『ホント？良かった』

まるで大神くんが通訳のようになってるけど、私の心理的には助かる。
一言も喋らない千さんが当たり前ではないと思うんだけど。

でも油断しだしたのは確かだった。

駅まで送るよと言ってくれた大神くんを断って、じゃあ、と手を振るために手を上げた時、それは聞こえた。

「･･･カット」

「『･･･え？』」

大神くんが驚いたように千さんを見、私は目を丸くして千さんに視線をやる。

千さんは、いつもの気だるそうな表情ではなく、まっすぐこっちを見ていた。

「マスカットとか豆とか、好き」

！！
“好き”！！

ドギュンっと言葉が、声が、脳内でエコーする。

油断してた。
でも･･･

「ああ、好きなのこれ以外わからないって言われたから？だって･･･って･･･大丈夫か？」

苦笑してる大神くんが私を見てから千さんに視線を移し、再び私に視線を戻す。
すぐに心配そうな表情の大神くんが目に入った。

『あ、うん･･･大丈夫』

逃げ出したい衝動より、推しの好きな食べ物を知れた事に初めて感動を覚えた時だった。