いのち (ページ4)

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慧side

宏太「おはよう伊野尾。」

慧「おー薮か！おはよう。」

薮は小学生の時からの幼なじみ。向こうのほうが1つ年上だけど、何の縁なのか。

ここに至るまで何かと持ちつ持たれつの関係で。

共に学生時代を過ごし、同じ大学を卒業して同じ会社に就職した。

勤め先に気心の知れた奴が1人でも居ると心持ちは違う訳で、薮を見ると不思議と肩の力が抜ける。

会社でさえもアットホームに感じてしまうくらい、謎の抱擁感をもった人間だと思う。

宏太「早速だけどさ、この資料佐藤さんに渡しといて貰えない？伊野尾、よく話してるだろ。俺今からすぐ、外に用事があって出なきゃなんだ。」

慧「新しいデザインの企画書？もうできたの？」

宏太「まあな。封筒渡せば向こうも分かるから。」

ずしりと重い茶封筒が手渡され、薮は長い足で颯爽とその場を去っていった。

慧「…佐藤さん、」

オフィスに足を踏み入れて、ぐるりと見渡す。

慧「……えっと、」

見慣れたはずのオフィス。それもそのはず、だって新卒の頃からずっとここだ。

それなのに何処か違う場所に連れてこられたかのような不思議な感覚に足がすくんだ。

昨日、スーパーでこれと似た感覚に陥った。

いつも来ているはずの場所。何か目的を持って出掛けてきたのは明確なのに、何をしにきたのかさっぱり思い出せなかった。

大貴に電話をかけて、なんとか思い出したけど見知らぬ土地に1人で立たされたようなあの疎外感と凄く似ている。

薮は、俺と佐藤さんがよく話してるって言ってた。

それなのに、その名前とオフィスを行き交う人たちの顔がどれもこれも一致しない。

佐藤さん。佐藤さん。

考えるほど、頭はぐちゃぐちゃだ。どうやら俺は昨日から酷く疲れているらしい。

一度その気持ち悪い胸の拍動から逃げ出すため、自己を落ち着けようと自らの席に座った。

深呼吸をしながら、大切な仕事仲間の事さえ疲れで記憶とマッチングしない自分に腹を立てる。

そして、再び手元の茶封筒に目を落とす。

薮から託された大切な資料。

早く渡しに行かないと。向こうも困っている。

もう一度席を立つと、頭の中がすぅーっと真っ白になった。

___ あれこの封筒、誰に渡すんだっけ。

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