微睡み 8 (ページ10)

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黒side

その選択が本心じゃないことを俺は知っている。だから悔しかったんだ。

黒「兄ちゃんが我儘言ったって、迷惑じゃないんだよ。…だから好きなように、選択してよ、っ」

兄の頬を涙が伝った。一粒こぼれ落ちると、後を追うように次々と流れ出した涙があっという間に兄ちゃんの頬をびしょ濡れにした。

桃「……ﾋｯｸ……ﾋｯ…っん」

言うことを聞かない手で涙を拭おうとする兄は不器用で、泣くこともままならなかったのかなと思う。

ぐしぐしと頬を往復する兄ちゃんの手を俺の手で包む。

黒「そんなに無造作に拭ったら、痛いじゃん。…いいよ、俺が代わりに拭うから。」

桃「……あ、ぃがどっ」

黒「泣き虫な俺の涙はいつも兄ちゃんの膝が受け止めてくれるじゃん」

桃「だ、ぃがにっ(たしかに)」

やっと、やっと、兄ちゃんが笑った。もうずっと見ていなかったその笑みに心がじんわりと温かくなっていく。

体のハンデを感じさせないような、吹き飛ばすような、前向きな姿勢に周りの人たちはずっと元気づけられてきた。

励まされるのはいつもこっち側なんだ。

桃「…こっち、かゆい」

黒「ここね。あとは、他に痒いところない？」

いつもよりゆっくりと時間をかけて、終わらせたシャンプーと体拭き。

兄ちゃんの口から度々注文が発せられると、その時間が終わるのが惜しいと思ってくれているようで俺まで体を拭く手をゆっくりにしてしまった。

桃「ほくっ、あぃがど、」

黒「また、拭かせてくれる？」

いいよの変わりのまばたきひとつ。

甘え下手で照れ屋さん、そしてちょっぴり不器用などこまでも愛おしい兄ちゃんだ。

fin
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